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	<title>ニッポンスケイプ  (Nipponscape) ー 日本モノヅクリ・コトヅクリ百景 &#187; シリーズ</title>
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		<title>『セレブと板金工』：第11話</title>
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		<pubDate>Sun, 14 Mar 2010 15:27:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator>suzu</dc:creator>
				<category><![CDATA[Sheet Metal and Socialites]]></category>

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		<description><![CDATA[板金工場から生まれたブランドの名は、エアロコンセプト。そこには、新幹線や航空機の部品技術が活かされている。生まれてまもない、メイド・イン・ジャパンのこのブランドが、今、世界を駆け巡る。一体何が人々を魅了するのか？　板金工場のオヤジのノンフィクション。 ]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2010/03/sug20.jpg" alt="sug20" title="sug20" width="500" height="200" class="aligncenter size-full wp-image-695" /></p>
<p><strong>人々に届く製品、エアロコンセプト</strong></p>
<p>エアロコンセプトというものは、<br />
菅野敬一というひとりの職人の頭の中から生み出された製品である。<br />
そして、その製品は、彼が無邪気に手を動かし、<br />
脳の中の想像力、もしくは創造力を駆使してつくり出したものである。<br />
普通なら、偶発的に出来てきたようなものが、<br />
市場に受入れられるということは考えにくい。<br />
でも、どうしてか、エアロコンセプトは、<br />
あまりにも大きな求心力を持って受入れられてきている。<br />
それが一体、どうしてなのか？　<br />
ひと言で言うのは、とても難しいことのように思われる。</p>
<p>しかし、製品の中に込められているコアとなる要素が、<br />
今、世の中に出回る大半のモノのそれとは<br />
異なっていることに間違いはなさそうだ。<br />
それは、どういう想いかと言えば、<br />
「いいモノをつくって届けたい」というシンプルな想いである。<br />
「どうやれば、いくら儲かるか」という<br />
いわゆる「経済システム」を土台にした発想ではなく、<br />
あくまでも「思いやり」や「優しさ」、<br />
くすぐったい言葉で言えば「愛」ということ、<br />
原初的な人間の村にあったような<br />
「思いやりのシステム（これをシステムと言って良ければ）」が<br />
土台になっている。</p>
<p><img src="http://nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2010/03/sug25.jpg" alt="sug25" title="sug25" width="500" height="200" class="aligncenter size-full wp-image-687" /></p>
<p><strong>自問自答というアプローチ</strong></p>
<p>市場からの逆算でモノづくりをするのが当たり前の世界で、<br />
菅野はまったく別のアプローチをしているのだ。<br />
そのアプローチをひと言で言い表せば、<br />
「自問自答」ということになる。<br />
こんな原始的なアプローチが<br />
世界を騒がせる製品を生むなどということは、<br />
現代の常識から考えると、「ありえない」。<br />
しかし、彼が市場調査を行う先は自分の心であって、<br />
彼のお客さんは彼自身なのであり、<br />
その彼と気が合う趣味をもった人々が<br />
エアロコンセプトのオーナーということになるのだろう。<br />
そして、そんな気心の知れた友人のような<br />
エアロコンセプト・ユーザーたちの相手をするのも、<br />
菅野自身だったりするし、彼らの中間に入る、<br />
取扱店との摂折衝を行うのも菅野だ。<br />
つまり、彼は、ひとり何役もこなす。<br />
しかし、同時にそのことで、動物的に本能的に、<br />
自分自身の「欲」と市場の「欲」の公約数を見出している可能性はある。</p>
<p><img src="http://nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2010/03/sug24.jpg" alt="sug24" title="sug24" width="500" height="200" class="aligncenter size-full wp-image-688" /></p>
<p><strong>「欲」と「欲」の争い合い</strong></p>
<p>そんな菅野にしても、<br />
エアロコンセプトづくりで迷いが生じなかったことがないわけではない。<br />
人が何か新しいことをはじめれば、<br />
周辺の人たちは口を出す。</p>
<p>「エアロコンセプトをつくりはじめた当初から現在にいたるまで、<br />
それは変わらないよ。<br />
人は自分の責任のないところでは、<br />
好き勝手なことを言うもんなんだ。<br />
”これよりこうした方が売れそうですよ”とか、<br />
”これをつくるべきです”とか、いろいろな意見が出てくるんだよ。<br />
そこで、私は迷うわけです。<br />
”お金は儲かるかもしれないけど、俺はつくりたくない”と。<br />
そんなときは、”欲”と”本当に菅野が欲しいモノ”とを<br />
天秤にかけなくてはならないんだ」。</p>
<p>なるほど、聞くとこれは、<br />
「欲」と「欲」の争い合いのようなものだ。<br />
つまり彼は、お金に対する欲を満たすか、<br />
つくり手としての欲を満たすかで、迷いが生じるというのだ。</p>
<p>「でも、お金になびけば、<br />
本当の自分というのは、どこまでも埋没いってしまうよね。<br />
慣れてくれば、慣れていくほど、どんどん埋没していくよね。<br />
でもさ、本音でつくったモノというのはさ、<br />
つくり手の心っていうのはさ、埋没するんじゃなくて、<br />
どうしてかモノを通じて世界に伝わっていくと思うんだ。<br />
エアロコンセプトのまわりを見てごらんよ。<br />
取材したいって言ってくる人もいれば、<br />
海外から取引したい、オーダーメイドの製品が欲しいという人まで、<br />
いろいろ表れるんだ。不思議なもんだろ」。</p>
<p><img src="http://nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2010/03/sug23.jpg" alt="sug23" title="sug23" width="500" height="200" class="aligncenter size-full wp-image-689" /></p>
<p><strong>俺にだって、欲はあるんだよ</strong></p>
<p>確かに、これまでも書き連ねてきた通り、<br />
エアロコンセプトの支持者というのは、<br />
決して少なくない。いや、驚くべきほど多い。<br />
こんな数の支持者を何の広告を使うこともなく、<br />
ブランディング戦略を練ることもなく得るのは、<br />
驚異的である。<br />
筆者は、広告関連のいくつかのプロモーションに<br />
携わってきた経験を持つが、<br />
広告的または広報的なアプローチだけで、<br />
ある製品をこれだけ濃い顧客に訴求し、<br />
しかも多くの支持者を動かす例は見たことがない。<br />
きっと奇跡でもなければなし得ないことだろう。<br />
だから、菅野のまわりに起きていることを<br />
奇跡として捉えないとするならば、<br />
彼の言うことに耳を傾けるしかない。<br />
つまり、それは、モノに心を込めるということである。<br />
そして、その心は、モノの上を伝って<br />
人と人の間を往来するということである。<br />
そして、心をモノに込めるとは、<br />
無欲になってモノをつくるということに、また戻っていくわけだ。</p>
<p>「俺にだって、欲はあるんだよ。<br />
たくさんある。ヴィンテージの車が欲しいとか、<br />
ジョン・ロブやウェストンの靴が欲しいとか、<br />
バシュロンの古い時計が欲しい、週２日は釣りに行きたいとか、<br />
スキーのシニア大会で優勝したいとか……。<br />
でも、そういう個人の欲も、お金に対する欲も、<br />
ぜんぶ闘って、削ぎ落としていかないと、<br />
本当に本当に自分が欲しいものというのは、見えてこないだよ。<br />
俺もこう見えたって、自分自身と闘うのは、<br />
結構、辛いことなんだ。<br />
さらに、<br />
他の人が押し付けようとしてくる考えと闘うのはもっと過酷だしね。」</p>
<p><img src="http://nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2010/03/sug22.jpg" alt="sug22" title="sug22" width="500" height="200" class="aligncenter size-full wp-image-690" /></p>
<p><strong>「究極の欲」が結実したもの</strong></p>
<p>そう言って笑う彼は、<br />
恐らく、一般の人よりもジッと自分自身を見つめている。<br />
しかも感情や陶酔に流されないように、<br />
事実のみを淡々と見つめている。<br />
それは、例えば、「自分はデザイナーではない」ということであり、<br />
「売れるとは思ってもみなかった」ということであり、<br />
「褒められてビックリした」ということなのだ。<br />
そういう言葉の数々は、<br />
彼が自分自身を謙虚に見せようとした結果、<br />
口をついて出てきたものではないのだ。<br />
ジーッと自分自身を見つめて、そっと出てきた言葉なのだ。<br />
しかし、ひとつ菅野自身も気がついていないことを言うとすれば、<br />
エアロコンセプトは、<br />
「究極の欲」が結実したものであることであることは間違いのない。<br />
彼の心の中、<br />
そして彼のまわりの人の提示する「欲」の中から、<br />
本当に本当に手にしたいものとして選ばれた「ひとつの欲」、<br />
勝ち抜いた「一欲」である。しかし、その究極の欲は、<br />
他のあらゆる欲に打ち克たないと浮き上がってこないものなのだ。<br />
そういう精神の極限から生まれたものが<br />
エアロコンセプトであるならば、<br />
それが世界の人々を感動させるということにも、<br />
多いに納得できるはずだ。<br />
心は、モノを通じて人に伝わる。<br />
それは、ストイックに青春を投げ打ってでも、<br />
ひとつの競技で勝ち抜きたい、世界一になりたい。<br />
そう願うオリンピックアスリートに似ている。<br />
彼らもまた、あらゆる欲を抑え、一欲に邁進した人たちだからだ。</p>
<p><img src="http://nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2010/03/sug21.jpg" alt="sug21" title="sug21" width="500" height="200" class="aligncenter size-full wp-image-691" /></p>
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		<title>『セレブと板金工』：第10話</title>
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		<pubDate>Sun, 14 Mar 2010 09:50:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator>suzu</dc:creator>
				<category><![CDATA[Sheet Metal and Socialites]]></category>

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		<description><![CDATA[板金工場から生まれたブランドの名は、エアロコンセプト。そこには、新幹線や航空機の部品技術が活かされている。生まれてまもない、メイド・イン・ジャパンのこのブランドが、今、世界を駆け巡る。一体何が人々を魅了するのか？　板金工場のオヤジのノンフィクション。 ]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2010/03/sug11.jpg" alt="sug11" title="sug11" width="500" height="200" class="aligncenter size-full wp-image-672" /></p>
<p><strong>菅野敬一にとってのエアロコンセプト</strong></p>
<p>菅野が自分の好きなものをつくって、<br />
その結果としてエアロコンセプトが世に生まれたことはわかった。<br />
では、菅野が好きなものというのは何なのだろうか。</p>
<p>はじめて菅野にインタビューを行ったとき、<br />
彼は彼自身が触れてきて心酔してきた製品として、<br />
ライカやBMW、それから、古い映写機などを例としてあげていた。<br />
彼にとって、それらの製品群が価値高いのは、<br />
それらの製品が手に触れただけで嬉しくなるような製品だからである。<br />
そして、さらにそれらは、使う度に何かを感じる製品だからである。</p>
<p>「いいモノというのは、モノが語るんだよ。<br />
職人が心を込めてつくったものというのは、<br />
細部に職人の心、設計者の心が表れるから、<br />
使い手が手に取るたび、何かを語りかけてくれるんだ」。</p>
<p>決して安くはない高い品質の製品。<br />
菅野がそれらのものに触れてこられたのには、父の存在がある。<br />
菅野の父は、最高のものに触れていたいという心を持った人物だったようで、<br />
自分ではBMW社のバイクを乗り回し、<br />
家では蓄音機にクラシックレコードを乗せてレコード鑑賞会を開き、<br />
息子には、最高級品のカメラ、ライカを与えた。<br />
そういうハイカラな気質を持った職人だった。</p>
<p>「だけど、別にウチが大金持ちだったとか、<br />
そういうのではなくて、<br />
単純にウチの父親はそういうものが好きだったんだ。<br />
好きで、好きで、そのためにお金を貯めては、<br />
買って手に取って、いじって喜んでいたんだと思うな」</p>
<p><img src="http://nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2010/03/sug18.jpg" alt="sug18" title="sug18" width="500" height="200" class="aligncenter size-full wp-image-673" /></p>
<p><strong>モノに対する感度の高さ</strong></p>
<p>菅野がそう語るところから想像すると、<br />
恐らくは、菅野の父は、自分でモノを生み出す職人として、<br />
本能的に逸品を求め、傍に置いておきたいと考えたのではないだろうか。<br />
日々、自分自身で良いものを生み出そう、<br />
つくり出そうとする職人が、同じ職人、<br />
またはエンジニア、デザイナーの心を製品のなかに見出さぬはずはない。<br />
そういう意味では、<br />
つくり手というのは、<br />
明らかにモノに対しての感度の高いアンテナを発達させている。<br />
現代という時代は、「心を失った時代」と表現されることもあるが、<br />
誰の意志も、想いも、欲望もなく、<br />
ただ単に生活をやりすごす利便性向上のためだけに<br />
工場で量産された製品の数々を、我々が平然と使っていられるのも、<br />
現代人のモノに対する感性自体が<br />
著しく薄れてきてしまっているからなのかもしれない。<br />
それは、大げさなことを言えば、都市文明が発達して、<br />
経済が発達して、サービス業、中間業が発達すればするほど、<br />
人類創世以来、常に生活の傍らで行われてきた「ものづくり」<br />
ということから距離を置くようになってしまったがための<br />
結果なのだと思う。<br />
現代という時代は、<br />
「誰かが欲しくてたまらないモノではないけれど、<br />
何かの役には立つモノ」が量産され続けている時代だ。<br />
だからといって、渓水という工場が、<br />
その時代の流れに逆らった工場であると、筆者は考えない。<br />
むしろ、時代の流れのなかに組み入れられようと努力し、<br />
それでもなかなかその時代に適合できないできた工場なのだろうと思う。<br />
「安くしろ、早くしろ」、<br />
菅野が自身の体験から猛烈に拒否反応を示すこの言葉を、<br />
父も同じく耳にし、努力を惜しまず会社経営をしてきたはずだ。<br />
一経営者としたら、少しでも会社の経営を良くしようと考えることは、<br />
自然なことだ。<br />
しかし、そういった世の時流の中でも、<br />
この工場から職人魂が消えないのは、つくっていたものが、<br />
航空機や新幹線のパーツだったということと無関係ではないだろう。<br />
その製品の性質上、まったく手抜きができないのである。<br />
それは、そのどちらの乗り物もが<br />
人命をあずかる高速移動体であるがための宿命だ。<br />
良いものを見失わない心が、<br />
渓水という工場に今も根強く息づいているのは、<br />
そうした取扱製品の特性も少なからず関係している。<br />
が、しかし、菅野の父のモノに対する感度の高さとは別のところで、<br />
さらに高い次元で良いモノを感じる心が菅野には備わっており、<br />
その感性がエアロコンセプトを生み出したのだろう。<br />
では、一体、菅野は何を胸に想い、<br />
エアロコンセプトを生み出したのだろうか？　<br />
「自分自身が欲しいものをつくった」と言うのであれば、<br />
彼はエアロコンセプトのどこを好きで、<br />
どこを誇りに感じているのだろうか？　<br />
筆者が菅野に質問を投げると、<br />
菅野は次のような箇条書きの答えを返してきた。</p>
<p><img src="http://nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2010/03/sug12.jpg" alt="sug12" title="sug12" width="500" height="200" class="aligncenter size-full wp-image-678" /></p>
<p><strong>「自分が居る」ことの実践</strong></p>
<p>「1．好きでつくっているという議論の余地のない潔さと気軽さ。<br />
2．好きでつくったエアロコンセプトがお題となって、各エンドユーザーから違った切り口の答えが返ってくること。<br />
3．新品のときよりも使い続けて更に良く見えること。つくり手と使い手が協力して、最後にモノ（材料）でなくなること。<br />
4．人の持つ能力、愛に対して、貨幣経済は下品であることを伝えられること。<br />
5．ものづくり屋として、気持ちを楽にして、本音で食べていける企業づくりへの挑戦。</p>
<p>何とも、ユニークな回答である。<br />
それぞれの答えには、それぞれの備考も付け加えられていた。</p>
<p>1の備考．下請けをする職人にとって、「自分の好き」を表面に出すことは、「自分が居る」ことの実践だからだ。</p>
<p>２の備考．「好きでつくる」というのは、良くも悪くも一つの基準。基準ができるからエンドユーザーからの答えが返ってくると思う。</p>
<p>3の備考．私の好みのものは、長く使い続けていくことのできるもの、「長く付き合えるもの」だ。</p>
<p>4の備考．「費用対効果」「安くて良い」「早くて便利」、こういった言葉の結果として生み出された製品ばかりでは、悲しすぎる。経済的な都合によってだけ生み出された製品だけでは、あまりにも悲しい。</p>
<p>5の備考．従来、下請け工場に本音を言う権利はなく、客先と客先にコントロールされた市場の本音に振り回される存在。でも、もし私が工場のリスクを覚悟してでも、私の本音を貫いたなら、企業存続が可能がどうか？その挑戦がしてみたい。」</p>
<p><img src="http://nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2010/03/sug14.jpg" alt="sug14" title="sug14" width="500" height="200" class="aligncenter size-full wp-image-674" /></p>
<p><strong>エアロコンセプトに込められた気配や感触</strong></p>
<p>なるほど、菅野の頭の中は、本当にユニークだ。<br />
当たり前のことを当たり前に書いているだけとも言えるが、<br />
今の時代を鑑みれば、かなり興味深いユニークな考え方である。</p>
<p>エアロコンセプトに込められた哲学というものが、<br />
果たして、どの程度に深いものなのか、その真実はわからない。<br />
しかし少なくとも、菅野は前述のようなことを公言している。<br />
そして、ユーザーはエアロコンセプトの製品自体からも<br />
その哲学も感じ取ることができる。</p>
<p>その辺りに関しても、菅野はオリジナルの考えを持っている。</p>
<p>「エアロコンセプトにはね、<br />
いろいろな気配や感触を漂わせたい、そう思っているんだ。<br />
たとえば、俺には、<br />
表現する言葉がないから”感じる気配”を優先させたんだ。<br />
”どこか無駄”と思えるような気配を漂わせたいし、<br />
”どこか不良”と思えるような気配を漂わせたい、<br />
それにどこかセクシーであってほしいし、<br />
上品であってもほしいんだ」</p>
<p>さらに、菅野はエアロコンセプトの中に込めた、<br />
秘めた想いについてを語り続けた。<br />
それらの言葉の多くは、<br />
菅野自身が感じている朧げな感覚的なものを言葉にしているから、<br />
恐らく一般の読者にはあまりにもわかりにくいものだろう。<br />
しかし、ここには、彼が言ったそのままを書き記すことにしよう。</p>
<p>「俺がエアロコンセプトの中に込めた上品なものというのは、<br />
”強さ”のなかになくて、”弱さ”のなかに含まれている気配なんだ。<br />
モノの中に、優しさ、潔さ、思いやり、<br />
といった人だったら格好いいと思える要素を込めるんだ。<br />
そして、行動と行為のなかにある、キーワードもね。<br />
それは例えば、”旅”、”仕事”、”遊ぶ”、”初対面”、”仕草”、”別れ”、<br />
”伊達に振る舞う”。特に、”仕草”は大切な要素なんだ。<br />
蓋を開けるときの手や指の動きの優雅さだったり、<br />
名刺ホルダーから名刺を抜き出すときのスマートさだったり、<br />
手にカバンを提げたときの誇らしげな足取りだったり、<br />
そういうものを導き出す道具だったらいいんだよなぁ」。</p>
<p>そして、最後に、エアロコンセプトをつくるときに、<br />
一番意識しているものは、無心であることこそが大事なのだという、<br />
無欲、無我、無心。<br />
そんななかで手を動かすことではじめて製品はひとつの形となる、<br />
世に生み出される、そういうのだ。</p>
<p><img src="http://nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2010/03/sug13.jpg" alt="sug13" title="sug13" width="500" height="200" class="aligncenter size-full wp-image-679" /></p>
<p><strong>無心と無欲から</strong></p>
<p>無心になって、心を込める。<br />
これは一体、どういうことなのだろう？<br />
一般的には人間の心が一番ピュアな状態にあるときに、<br />
無心と表現する。<br />
無我の境地では、インスピレーションが降りてくる、<br />
そういうことなのだろうか。</p>
<p>これを菅野に聞いてみると、<br />
つまり、実際につくる段には、<br />
そういうゴチャゴチャしたことをコンセプチャルに考えているわけではなく、<br />
ただ、ただひたすら無心に、<br />
心の中に浮かんだ絵を外に出すということである。</p>
<p>「こうやってさ、土日に休みの工場に来て、<br />
ジャズなんかを流しながらさ、設計図を描いたりするんだ。<br />
そうすると、窓から夕日が射し込んできてさ、<br />
ぽかぽか部屋が暖かくなってきて、<br />
オレ、図面の上に寝ちゃったりするんだよ。<br />
そういう何でもない時間がさ、本当に贅沢に思えて、<br />
オレ、大好きなんだよ」。</p>
<p>つまり、彼がエアロコンセプトに込めている心というのは、<br />
それは彼自身の無邪気さなのだろう。<br />
子供が砂場で土遊びをしたり、粘土遊びをするような、<br />
そんな心持ちで彼はエアロコンセプトをつくっている。<br />
ただ、彼の頭と体には、十二分に知恵と技がしみついていて、<br />
自然と複雑な計算や作業ができてしまうのだ。<br />
きっと、そういうことなのだろう。</p>
<p>町工場の職人と聞くと、いわゆる荒くれ者的なイメージや、<br />
寡黙で朴訥というステレオタイプなイメージが浮かぶことだろう。<br />
きっと、気質としては、彼にもそういうところもあるのかもしれない。<br />
しかし、彼のエアロコンセプトにかける想いを聞けば、<br />
彼はとても詩的で、哲学的で、ロマンティックだと言わざるをえない。<br />
明らかに、彼は、エアロコンセプトに果てしないロマンを見出している。</p>
<p>あまりに叙情的なことを口にしてしまったからだろうか、<br />
最後に彼は、おどけるようにこう言い直した。</p>
<p>「でもさ、やっぱり、エアロコンセプトってさ、わかりやすいだろ。<br />
だって空を飛ぶ飛行機の部材からできてるんだ。<br />
&#8220;空を飛ぶ&#8221;って、夢があっていいじゃないか。<br />
何よりも、エアロコンセプトがいいのは、<br />
わかりやすい夢をもったカタチってところなんだ。<br />
そんな難しいことじゃないさ」。</p>
<p><img src="http://nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2010/03/sug16.jpg" alt="sug16" title="sug16" width="500" height="200" class="aligncenter size-full wp-image-675" /></p>
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		<title>『セレブと板金工』：第9話</title>
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		<pubDate>Sat, 13 Mar 2010 06:01:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator>suzu</dc:creator>
				<category><![CDATA[Sheet Metal and Socialites]]></category>

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		<description><![CDATA[板金工場から生まれたブランドの名は、エアロコンセプト。そこには、新幹線や航空機の部品技術が活かされている。生まれてまもない、メイド・イン・ジャパンのこのブランドが、今、世界を駆け巡る。一体何が人々を魅了するのか？　板金工場のオヤジのノンフィクション。 ]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2010/03/sug011.jpg" alt="sug01" title="sug01" width="500" height="200" class="aligncenter size-full wp-image-659" /></p>
<p>きっと、菅野という男もそうした大量生産品のお世話になってはいるのだろうが、エアロコンセプトというプロダクトに関しては、それらの量産品のものに近づけて一儲けしようなどとはツユほども考えていない。</p>
<p>「だって、そんなの俺が欲しくないもの。俺が欲しくてものづくりはじめたのに、俺がいらないものつくってどうすんの？　今は、食器だって、鞄だって、家電だって、使い勝手からしたら大した差なんてないんだよ。俺はそう思うね。だから使い手はモノに何かの価値を見出すんだろうけどさ。それは、そのブランドの歴史だったり、認知度だったり、品質だったり、厳選された材料だったり、上品なおもてなしだったり、長い保障だったりさ。でも、そういうものは、全部、結果じゃない？　そういうのいくらごちゃ混ぜにして万全の体制をとったってさ、そこに生みの親がいなかったら、モノとしての価値なんか、あるのかね？　俺だったら、そんなものはいらないよね。だから、俺は俺が欲しいものをつくっているんだ。俺の気に入ったものがこさえられたら、それで満足。それを気に入って、お金出して買ってくれる人がいたら、もっと満足なのさ。生みの親がモノにいないというのは、悲しいことだよね」（菅野）。</p>
<p><img src="http://nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2010/03/sug02.jpg" alt="sug02" title="sug02" width="500" height="200" class="aligncenter size-full wp-image-660" /></p>
<p>では、具体的にエアロコンセプトがどう開発されたのかを聞いてみると、そこについて菅野はあまり語りたがらない。</p>
<p>「土曜日とか日曜日とか、仕事がなくて暇なときとか、そういう余った時間と余った材料を使って、ちょっとつくっては手をとめて、また進めてというのを繰り返していただけだよ。余った材料といったってお金はかかるからね。材料費だけだって、航空機や新幹線と同じものを使うから、本当に高いんだよ。そういう材料を使うから、そんなに一辺に沢山はつくれなかたんだ。だから、楽しみながら、今週はここまでつくった、来週はあそこまでできた。今月は材料費を使えないからつくるのはよそう、そんな感じだったかな」（菅野）</p>
<p><img src="http://nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2010/03/sug05.jpg" alt="sug05" title="sug05" width="500" height="200" class="aligncenter size-full wp-image-661" /></p>
<p>技術やデザインの研究というものは、そうした日曜大工作業を通じて、自然に行われていったものに違いない。エアロコンセプトの発売当初、菅野が知人に頼んで作成したブランドポリシーを読むと、その開発がどのように行われていたか、朧げではあるが何となくわかる。</p>
<p>「これ、7年前に作成した製品ポリシーなんだけど、今思えば、ちょっと違っているなぁって思うんだ。文章のプロの鈴木さん（筆者）、これちょっとアイディアもらえないかな」（菅野）。</p>
<p>そう言って、菅野が見せてくれたのは、下記の内容のものだった。筆者が読んだかぎりにおいては、確かに客観的に距離を置いて観られるようになった現在の視点からは、エアロコンセプトというブランドを正確に捉えたものとは言いづらい。しかし、普段は涼しい顔をしている菅野も、立ち上げ当初は真剣に「自分の欲しいもの」に向き合っていた感じが出ているのが手に取るようにわかる。</p>
<p><img src="http://nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2010/03/sug06.jpg" alt="sug06" title="sug06" width="500" height="200" class="aligncenter size-full wp-image-662" /></p>
<p>“AERO CONCEPT”は、当社で永年培われてきた工業生産技術、とりわけ Boeing、Airbus社に代表される航空機パーツ製造の技術と設計デザインを生かした、エンドユーザーを対象とした製品開発と販売事業です。ここで創り出される製品ポリシーは『高い加工技術と精度』、もう一つは『手間を惜しまないモノ造り』です。約2年間に及ぶ設計デザインの蓄積、加工技術の研究を重ねた結果、製品コンセプトを『航空機・宇宙・大気』とし、主に家具・インテリア・鞄・照明器具・スポーツ用品等、多くの分野で手がけていきます。それらは、単に形だけでデザインとは呼ばない”航空機屋が提案するモノ創り”として、今までに無い斬新な設計スタイルになるでしょう。同時に、『 1/1000mm 加工」の創り出す世界は、≪遊 ・ 技 、まさに遊び心を持った精密機械≫と呼ぶに相応しい製品になるでしょう。そんなモノ創りの中で、エンドユーザーと出会ってみたい。「AERO CONCEPT」 それは、私たち職人の強固な、そして喜びに満ちたポリシーです。 </p>
<p>この宣言文から拾えるのは、高い加工技術と精度にプライドを持っているということ、手間を惜しまないモノ造りを肝に銘じていたこと、エアロコンセプトのブランドの設計には約2年間が費やされていたこと、「航空機屋が提案するモノ創り」を遊びや普段使いの世界に持ち込もうとしていたこと、などだ。たとえ今気に入らない製品ポリシーでも、そのいくつかのことは明文化された内容からはっきりと伺い知れる。エアロコンセプトの開発秘話は、決してNHKのプロジェクトXで描かれるような、喧々囂々の論争や、挫折と栄光の物語ではない。何故なら、基本的に、その開発に携わっている人間は菅野ひとりしかいないからだ。もちろん、工場の腕利きの職人の手を借りるということはあっても、基本的にはひとり呑気につくり進めていた。だから、会議もなければ、プロジェクト進行のスケジュール管理や予算もない。まさに、日曜大工的なブランド開発だったのである。</p>
<p><img src="http://nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2010/03/sug08.jpg" alt="sug08" title="sug08" width="500" height="200" class="aligncenter size-full wp-image-663" /></p>
<p>「だけどさ、そうは言ったって、うちだって十数人のスタッフがいるんだからさ。反対者はいたんだよ。本業の航空機や新幹線のパーツづくり以外にわけわからないことを、俺がはじめたからね。まあ、だけど、それでも、俺の場合は、ブツブツひとりごと言いながら作業を進めるだけだからね。いつかは辿り着くだろうってさ」（菅野）</p>
<p>物語の起伏を期待した読者には気の毒だが、エアロコンセプトの開発は、まったくと言っていいほど物語性を帯びていない。いや、物語がないわけではない。物語は菅野ひとりの中で起り続けていたのだ。「こうじゃない、ああのほうがいい、いやこっちをこうしたらどうだ、アイツに手伝ってもらったらこの部分がうまくいくかもしれない」。そういう瞑想にも似た内観作業と手を動かす実作業が、実を結んだとき、それがカタチとなって外に出てくる。自分という井戸を掘り下げて、自分の欲しいものに辿り着く。そこには誰のフィルターも掛からない。技術的限界はより腕利きの職人からのサポートはあっても、基本的には菅野ひとりの好き嫌いが反映されるわけだ。現在、ラインナップされるエアロコンセプトはすべてが菅野の美意識から生まれている。じゃあ、一体、そんな好き嫌いを内包している菅野という人物は一体、どういう教育を受け、どういうモノに囲まれてきたのか。興味は、自然とそこに至る。</p>
<p><img src="http://nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2010/03/sug10.jpg" alt="sug10" title="sug10" width="500" height="200" class="aligncenter size-full wp-image-664" /></p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>『セレブと板金工』：第８話</title>
		<link>http://nipponscape.com/J/2010/03/11/book-a-8/</link>
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		<pubDate>Wed, 10 Mar 2010 15:53:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator>suzu</dc:creator>
				<category><![CDATA[Sheet Metal and Socialites]]></category>

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		<description><![CDATA[板金工場から生まれたブランドの名は、エアロコンセプト。そこには、新幹線や航空機の部品技術が活かされている。生まれてまもない、メイド・イン・ジャパンのこのブランドが、今、世界を駆け巡る。一体何が人々を魅了するのか？　板金工場のオヤジのノンフィクション。 ]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2010/03/su011.jpg" alt="su01" title="su01" width="500" height="200" class="alignright size-full wp-image-647" /></p>
<p><strong>みんなが欲しいもの、ぼくが欲しいもの</strong><br/></p>
<p>会社が倒産する前にも、菅野は自分の好きなものを空いた時間や余った材料などを使って、つくる作業はいつもやっていた。その出来映えには、満足していたし、使い心地にも満足していた。何しろ、ユーザーは自分自身しかいないわけだから、自分の好きなものをつくるのは、そうそう難しいことじゃなかったのだろう。彼にとっての、その余暇的なものづくりは、頭にあるイメージを自分の手の上で材料と道具を転がして、3次元空間に物質化するという作業である。</p>
<p>世界で営まれる町工場においても、こういうことをやっている工場のオヤジというのは、案外いるはずだ。便利なものを日用大工的に製作してしまう。しかし、菅野が特別なのは、彼がつくり出すもののクオリティが最初から尋常じゃないものだったということだ。筆者は、彼がはじめにつくっていた書類ケースや鞄というものを何度も見せてもらったが、その美しさは筆舌につくしがたい。つまり、「自分が欲しいと思うものをつくっただけ」というのは、「こんなもの、つくってみました！」ということではなく、モノに対しての徹底的なこだわりがある人間が、「こういうものをつくってやるんだ！」という意気込みを持ってつくったということだ。</p>
<p><img src="http://nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2010/03/su05.jpg" alt="su05" title="su05" width="500" height="200" class="alignright size-full wp-image-650" /></p>
<p>「俺たちは、いつも航空機の内部パーツだとか、新幹線の内部パーツを眺めては、美しさを感じていたわけだよ。本当に美しいなぁってさ。それで、そういう精度の高い板金加工されたパーツを使って、持ち歩くものがあったら、俺が、ほしいなぁって思ったんだ」（菅野）。</p>
<p>菅野の頭のなかには、最初から３次元のエアロコンセプトの映像が浮かんでいた。それは、土門拳や名取洋之助、木村伊兵衛が「シャッター以前」という言葉で言い表したものに近いのだろう。「シャッター以前」という言葉は、写真家の間では当たり前のように使われている言葉で、本来写真家は何百カットも撮った中からいいものを選び出すのではなくて、最初に頭のなかにあるイメージに沿って被写体を探し当て、露出とシャッタースピードを調整するだけだというものである。何を伝えるべきか、それは外に物質として現象化される前に、内に、つまり心の中にはっきりと描かれていなければならない。「シャッター以前」という言葉は、写真好きの菅野の口からも聞いたことがあった。だから、彼は恐らくはそういう作業をエアロコンセプトづくりの中にも、意識的にか無意識にか用いているのは間違いのないことだろう。</p>
<p><img src="http://nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2010/03/su07.jpg" alt="su07" title="su07" width="500" height="200" class="alignright size-full wp-image-651" /></p>
<p>菅野と話して一番に感じることは、最初に映像化されるものにほとんどブレがないということである。菅野敬一というつくり手の想いが、つかい手である菅野敬一と寸分違わぬ形で結ばれて、はじめて作品は完成する。こういうブレのない作業を、いわゆる世にあるメーカーがその製作をしようと思ったら、一筋縄ではいかない。そこには営業マンがいて、マーケッターがいて、企画マンがいて、デザイナーがいて、プロモーション担当がいて、広報がいて、会社の取締役がいて、株主たちがいる。最初のビジョン、イメージがどこから出てくるかも企画にによって変わるのだろう。そして、その製作意図、テーマを研究開発、製作を通じて維持し、チーム全体で共有しなければならない。その上で、ビジョン、イメージにブレがなくなるというのは、まったく簡単なことではない。</p>
<p>「みんな、それぞれがそれぞにに欲しいものを言い合ったら、五目あんかけカレートマトソースステーキチャーハンになってしまうんだよ。みんなが食べたいものというのは、実は誰も食べたくないものなんだ。だから、渓水では、今までのところは、僕が欲しいものを考えて、それを形にすることを考えているんだ」。</p>
<p><img src="http://nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2010/03/su08.jpg" alt="su08" title="su08" width="500" height="200" class="alignright size-full wp-image-652" /></p>
<p>デザイナーやマーケッターやプロデューサーなど、大きなプロジェクトには必要不可欠の存在とされている人たちだ。もちろん、彼らのコミュニケーション能力や表現力、分析力は決して過小評価されるべきものではない。彼らがいるお陰で、それぞれの役割をそれぞれの人が効率良く進めることができるのだ。そして、彼らがいるお陰でクリエイションやクリエイティブと呼ばれるものでお金を市場から集めることができて、多くの人が生活を保障されるのだ。</p>
<p><img src="http://nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2010/03/su04.jpg" alt="su04" title="su04" width="500" height="200" class="alignright size-full wp-image-649" /></p>
<p>しかし、真剣にものづくりということを考えてみたときに、必ずいらない人材、余剰人材というものが出てくる。そして、彼らはプロジェクトに参加しているだけでは満足いかずに、口を出すことで存在をアピールしようとする。プロとしての意見が、いろいろな人の立場、観点から語られるわけだから、一見すればいろいろな角度から鍛えられれたプロダクトというものができあがりそうな気もするのだが、実際にそうなることはほとんどない。試しに、量販店の家電売場に行くとわかりやすいだろう。そこに並べられたものの中で、そこそこ欲しくなるものは沢山あるだろう、しかし借金してでも心底欲しいと思えるオブジェ、道具というのは案外少ない。帯に短し襷に長し。どれもこれも、何かが欠けてしまっているように映る。そこにつくり手の想いや哲学を感じる製品など、皆無に等しいのではないだろうか。たとえ源となるアイディアが素晴らしかったとしても、それが下流に、売場に近づくにつれて薄められては、決して人の心の奥深くまでは届かないということがよくわかる。ただ、現代という時代においては、消費者としても「とりあえずの普通に使えるものがあればいい」、そう考えている。確かに、それでいいのだ。求める機能さえあれば、何もこだわりの逸品を高いお金を出してまで買うことはないのだ。だから、五目あんかけカレートマトソースステーキチャーハンを買い、マクドナルドを食べ、コカコーラを飲み、ユニクロや無印にトヨタの車に乗って行くのである。</p>
<p><img src="http://nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2010/03/su02.jpg" alt="su02" title="su02" width="500" height="200" class="alignright size-full wp-image-648" /></p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>『セレブと板金工』：第7話</title>
		<link>http://nipponscape.com/J/2009/09/23/book-a-7/</link>
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		<pubDate>Wed, 23 Sep 2009 04:04:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator>suzu</dc:creator>
				<category><![CDATA[Sheet Metal and Socialites]]></category>

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		<description><![CDATA[板金工場から生まれたブランドの名は、エアロコンセプト。そこには、新幹線や航空機の部品技術が活かされている。生まれてまもない、メイド・イン・ジャパンのこのブランドが、今、世界を駆け巡る。一体何が人々を魅了するのか？　板金工場のオヤジのノンフィクション。 ]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2009/09/aero10.jpg" alt="aero10" title="aero10" width="500" height="200" class="alignright size-full wp-image-611" /></p>
<p><strong>渓水が遭遇した倒産</strong><br/></p>
<p>「渓水っていう会社は、前は麻布にあったんだけど、バブルがはじけた後に潰れちゃったんだよね。それで、そのときに辛くて辛くて、あと30年生きられたら、もういいやって思っちゃったんだよな。だから、その30年のうちには、自分の好きなものをつくって、それから死んだらいいんじゃないかなってさ。それでエアロコンセプトをやることにしたんだ」。</p>
<p>渓水が一度、潰れている。それは大きな驚きである。これだけの技術を持った町工場が倒産するなどということがあるのが不思議な気がする。しかし渓水はつぶれてしまった。<br />
それにはひとつ事情があった。当時の渓水は、1社からかなり大きな割合で仕事を請け負っていた。</p>
<p><img src="http://nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2009/09/aero12.jpg" alt="aero12" title="aero12" width="500" height="200" class="alignright size-full wp-image-620" /></p>
<p>「当時は、だいたい、仕事の8割、9割はそこの仕事だったね。計画したわけじゃあなかったんだけど、“うちは仕事量が多いから、他の仕事なんかしてないで手伝ってくれ”なんて言われて自然と一社優先になってたんだな、まあ言わば、ひとつの会社の専属下請け的な存在だよな。多数の得意先と取引するより作業効率も好いわけだよ、永遠に続けばね。そうしたら、その会社は中国企業との合弁を計画して急に仕事は激減して入金がなくなった途端、全部、終わってしまったんだよ。うちは倒産したんだけど、その会社も合弁で造った製品が全世界で大量の不良品出して、リコール回収費用で経営はダメになっちゃってさ、東証一部上場企業だよ、コパルって会社さ、今は電算コパルって名前になってる。いい会社だったよ、創業者は板橋の町工場から技術力で伸びてきて上場したんだけど、設計部の人間とは良く話し合いができてたからいい仕事ができたのは、お互いが職人集団だったからなんだ。でも、その会社も上場の後で創業者に代わって銀行から来たやつが社長になんかなった途端に変な事始めるわけよ、不採算部門の整理縮小ってのはまああるとしても、製造会社の心臓部のはずの設計部の大幅な人減らしやってみたり、中国との合弁でコスト競争始めたりでさ、いきなり仕事減らされて&#8221;こりゃ大変だ&#8221;と思った時は遅かったよ・・・」</p>
<p><img src="http://nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2009/09/aero11.jpg" alt="aero11" title="aero11" width="500" height="200" class="alignright size-full wp-image-612" /></p>
<p>菅野は、会社の倒産によって、窮地に立たされ、毎日毎日さまざまな辛苦をなめさせられた。祖父と父が大切に育んできた工場があっと言う間に、吹き飛んだ。父は半狂乱のような精神状態となり、従業員と家族は不安のどん底につき落とされ、毎日のように借金取りが家を訪ねてくるようになった。そして、工場、家、大きな持ち物、金目になるものはすべて銀行とこの借金取りたちによって、差し押さえられてしまうという状況におちいってしまった。菅野敬一も、さすがにそのプレッシャーには精神を病ませてしまった。そして、あまりにも辛い想いをしたことから、残された道は、自殺することだけだとも真剣に考えたのだという。</p>
<p>しかし、彼が自殺をせずに済んだのは、ある不幸中の幸いとも呼べる、いい話が舞い込んできたからである。人が死というものと一度真剣に向き合うと、不思議とことがうまくまわることもあるのかもしれない。エアロコンセプトの土台となる「好きなものをつくってやろう」という意欲が彼自身の心の底から沸いてきたのである。つまるところ、倒産という事件こそが、エアロコンセプトという物語の幕を切ったのだ。</p>
<p><img src="http://nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2009/09/aero13.jpg" alt="aero13" title="aero13" width="500" height="200" class="alignright size-full wp-image-613" /></p>
<p>渓水が一度、潰れてしまったのに、息を吹き返したのには理由がある。それを端的に言えば、渓水にはこの町工場でしかつくることのできない技術があったからだ。精密板金加工技術は、板金加工の精度をあげた技術なので、板金工であれば、なにがどうなって、どういう形になるかを頭で理解するのは難しいことではない。この本を読めば、その説明についての大まかなことは理解できる。いわば、透明性のある技術なわけだ。</p>
<p>ところが、精度の高い板金技術を実際に手を動かしてやろうと思ったなら、それは容易なことではないのだ。発注者は、そこの点を理解していないから、製造開発をコストの安いところ安いところへと、話しを持ってまわす。</p>
<p>安かろう悪かろうとはつゆほども考えず、ひたすらにコストを削ろうとする。コストを削ることに成功した発注者は、会社では高い評価を得て、その敏腕ぶりから年俸の査定も高いものを得られるのかもしれない。しかし、現場では何が起っているのかは、その人の想像の外にある。ましてや、現場にいる人間の心が、どういう状態であるかなどということは考えることもしないのだ。つまるところ、ものづくりに対しての想像力というものは、希薄にものづくりをしているわけである。</p>
<p><img src="http://nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2009/09/aero19.jpg" alt="aero19" title="aero19" width="500" height="200" class="alignright size-full wp-image-614" /></p>
<p>結果として、できあがってくるものが不良品の山になるということも、そう珍しいことではないようである。そうなると、今度は、必死になって、その技術を持っている工場を探すというわけだ。</p>
<p>渓水がつぶれてしまったとき、家も取られ、工場も取られ、財産という財産はほとんど差し押さえられてしまったとき、この職人集団のもとに残されたものは何もなかった。しかし、法律では奪えないものがふたつだけあった。それが、技術と知恵である。</p>
<p>菅野の知人が、「腕と脳みそにあるものだけは、誰もうばうことはできない」そう口にしていたのを聞いたことがあった。つまり、菅野の営んでいた渓水という工場が実体験として味わっていたのは、まさにそういうことだったのだろう。時代の流れの必然として、一時的にキャッシュの流れから見放されていても、誰にも奪い去れないもの、技術と知恵を渓水はもっており、それがこの工場を救ったというわけだ。</p>
<p>倒産後、幾社かを訪ね歩き、やはり渓水でなければ気づき、数社の担当者がまた渓水をたずねてきた。</p>
<p>菅野が彼らに対して言ったのは、<br />
「もうお終いだよ。だって、工場がなくなってしまったし、会社は倒産してしまったんだ。</p>
<p>しかし、訪ねてきた数社からは何とか工場のラインを復活させてウチのものをつくってほしいと、また１社からは銀行を紹介するとまで言ってきたのだ。つぶれた会社にである。</p>
<p><img src="http://nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2009/09/aero01.jpg" alt="aero01" title="aero01" width="500" height="200" class="alignright size-full wp-image-615" /></p>
<p>渓水が今もあるのは、その数社が支えてくれたお陰なのだろう。しかし、その芯の部分をより深くたどってゆけば、渓水が首の皮一枚で生き残れたのは、彼らが一朝一夕には誰にも真似できず、奪いとることのできない技術と知恵というものを、職人という身体のなかに宿していたからだ。</p>
<p>「安くやれ、早くやれ、とばかり言われていたのに、そういう状況になって、自分たちには特別な価値があるんだということがわかったときは、やっぱり嬉しかったよね」。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>『虫の眼で世界を眺める』: 第4話</title>
		<link>http://nipponscape.com/J/2009/07/23/book-b-4/</link>
		<comments>http://nipponscape.com/J/2009/07/23/book-b-4/#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 23 Jul 2009 06:01:15 +0000</pubDate>
		<dc:creator>suzu</dc:creator>
				<category><![CDATA[To see the world through the eyes of insects]]></category>

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		<description><![CDATA[きらきらと陽光が降り注ぐ、花乱れ緑溢れる庭がある。蝶や蜂が舞い、アリやカマキリが行進をする。忙しなく動き回る虫たちの中に、ひとりジッと身を屈める老爺がいる。彼の目は、ほとんど瞬きをすることもなく、虫たちの姿を追っている。ときおり太陽が映し出されるその瞳は、幼子のそれのように澄みわたっている。年のせいか、顔には幾本もの皺が走っているが、その割には皮膚には潤いがある。彼が虫を見ているのは、頭の中に虫たちの表情や動きを納めるためだ。たった数十分の間に、焼き付けられた虫たちの姿は、その後、この男の指先と彼の愛筆を通じて画用紙へと写し取られる。 ]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>日本工房と土門拳</strong></p>
<p><img src="http://dev.nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2009/07/kumada018.jpg" alt="kumada018" title="kumada018" width="500" height="220" class="alignright size-full wp-image-573" /></p>
<p>千佳慕が、はじめて勤めた会社は、日本工房というデザイン会社だった。1933年のことである。日本工房というのは、ドイツのバウハウスの思想に影響を受けた名取洋之助が、木村伊兵衞らとともに設立した報道写真のための会社であり、デザイン会社、図案作成会社でもあった。</p>
<p>今でこそ、「デザイン」などという洒落た言葉が当てはまるが、当時は「図案」という言葉しかなかった。だから、その頃の彼の肩書きは、図案家だ。</p>
<p>千佳慕がこの会社に入ることになったのは、彼が師匠と慕う、グラフィックデザイナー山名文夫という人物の存在があったからだ。山名は、日本人にとっては馴染みの深い資生堂のロゴや、新潮社の葡萄マークなどに携わり、まさに日本のグラフィックデザインの世界を切り拓いてきた人物であった。</p>
<p>当時、千佳慕は、そんな彼の弟子だったのである。</p>
<p>「私と山名先生は、とても相性がよくて、何も話さないんだけど、通じ合える中でした。それに彼は、私のつくるものをすごく気に入ってくれていて、私を日本工房に呼んでくれたんです」。</p>
<p>その頃、千佳慕が任されていたのは、対外宣伝用の雑誌『NIPPON』のエディトリアルデザインだった。この雑誌は、英語、ドイツ語、フランス語、スペイン語の4カ国語でつくられた、いわばプロパガンダのためのグラフ誌だったが、今、手にとってページをめくってみると、そのクオリティの高さには驚かずにはいられない。誌面構成や写真の使われ方が斬新なのである。米『LIFE』誌（1936年発行）よりも早く創刊されているにも関わらず、その誌面のハイカラさは他に追随を許さない。現代だからこそ逆に新鮮に感じるということもあるのだろうが、客観的に見直してみても、やはりそこには、いつの時代にも人の心に何かを訴える普遍的な美しさが備わっているように感じられるのだ。</p>
<p><img src="http://dev.nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2009/07/kumada022.jpg" alt="kumada022" title="kumada022" width="500" height="220" class="alignright size-full wp-image-574" /></p>
<p>「あの頃は、仕事で体を壊すくらいに仕事をしてたの。僕の好きなことを僕のやりたいようにやらせてもらえてたから、面白かったですよ。だから、ついつい仕事が遅くなってしまって、家に帰るのも遅れてしまうという具合でした。日本工房に入るまでは、遊んでばかりいたから、入った後は、意地になって仕事ばかりしていたのでしょうね」。</p>
<p>日本工房があったのは京橋、千佳慕の家があった横浜からは電車でなければ通えない。電車といっても、今のように交通事情が発達していたわけではなかったから、通勤も楽ではなかったようだ。ルートの話を聞くと、途中、歩かなければならない箇所などもあったという。横浜から品川を抜けて新橋へ辿り着き、そこから歩いて京橋の事務所へ向かうときもあれば、山手線環状線を使って東京駅へ、そこから京橋まで歩くときもあったそうだ。</p>
<p>しかし、どれほど大変な想いをしてでも通う面白さがあったことは、そこに集められた職員たちの名を目にしただけでも頷けるはずだ。創設者であり写真家の名取洋之助、師匠の山名文夫、写真家の土門拳、藤本四八など、名を連ねる錚々たるメンバーたちが小さなオフィスで未知の世界を切り拓こうと立ち働いていたのだ。報道写真の世界を切り拓き、グラフィック・デザインの価値の高さを世に問うた日本工房は、偶然という名の神が当時のクリエイティブな才能をひと所に集めたとしか考えられないほど、素晴らしい能力の持ち主が集まっていたのだ。ちなみに言えば、初期の段階の日本工房には、木村 伊兵衛（写真家）も参加しているし、千佳慕にとってはずっと後輩になる亀倉雄策（東京オリンピックのグラフィック・デザインを担当）もこの会社に籍を置いた。まさに、日本工房は、日本のグラフィック史の礎をつくったと言っても過言ではない場所である。そこに、ひとりの社員として、飄々と勤めていた千佳慕は、むしろ極めて異色な存在だったのかもしれない。</p>
<p><img src="http://dev.nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2009/07/kumada023.jpg" alt="kumada023" title="kumada023" width="500" height="220" class="alignright size-full wp-image-575" /></p>
<p>「土門と私は本当に仲が良かったんです。彼は、僕が入った翌年に入ってきたのですが、年齢を言えば僕の2歳年長です。気性も荒くていつも目をギョロギョロさせながらえばっていましたけど、社長の名取さんにはよく怒鳴られていました。ところが、彼はどういうわけか。僕にだけは優しかったんですね。何か言葉では説明できない信頼関係のようなものがふたりの間にはあったんですね。名取さんにせっかく撮ってきた写真を破られてしまうなんてことはよくあって、そうすると土門は暗室に隠れ籠ってしまうんですね。それで、彼を外に引っぱり出させるのが、僕の役目だった。ふたりの間には、ふたりにしかわからないノックの暗号があって、僕がそのやり方でドアを叩くと、彼が出てくるという具合でした」。</p>
<p>土門拳と言えば、写真などあまりよくわからない人間でも一度くらいは耳にしたことのある写真界の大家だ。中でも仏像の写真は有名で、リアリズムの鬼と言われ、その被写体に迫る彼の手法は、現在、多くの写真家たちにとっての伝説として語り継がれている。飲まず食わずで一昼夜撮影し続けた話や、モデルとなる大人物を怒らせても、その怒った顔を撮り続けるなどしたなど、写真にかけた執着心と情熱は尋常なものではなかったのだろう。だから、少しでも文化に触れたことのある人間なら、彼の名前を聞くだけで、背筋を伸ばさずにはいられぬ得も言えぬ力が、「土門拳」という名前には宿っているのだ。ところが、千佳慕の口から話される土門拳は、まったく違った表情を浮かべている。</p>
<p><img src="http://dev.nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2009/07/kumada021.jpg" alt="kumada021" title="kumada021" width="500" height="220" class="alignright size-full wp-image-576" /></p>
<p>「土門は、本当に貧乏な家に生まれ育った男で粗野だったんです。だから、カメラなんて渡されても、ろくに使い方もわからないという状態だった。あるとき、私と彼が最初に撮影に行かされたところが、早稲田大学。生徒さんたちの集合写真を撮るためでした。土門にとっては初めての撮影です。ところが、彼はカメラをセットして、布をかぶるところまでは良かったのですが、いつまで経っても布の中から出てこない。学生さんたちもいつまでも終わらない撮影にいらだち始めていた。それで仕方なしに、僕が&#8221;土門、一体、どうなっているんだ？&#8221;と聞くと、&#8221;五郎ちゃん、生徒がフレーム内に収まらないだ&#8221;と言う。それで&#8221;お前は何しているんだ。カメラを後ろに引けば収まるだろ&#8221;と教えてやったんです。そうしたら、&#8221;入った、入った&#8221;って大喜びするんですね。それ以来、彼はよく僕にどうやったら写真がうまく撮れるかを訊ねてくるようになった。僕はグラフィックの図案家で、いつも自然の中で自然を描く画家だったけれど、どういうわけか、僕を頼りにしていろいろ聞いてくる。だから、そのヒントを出してあげたわけです。」</p>
<p>リアリズムの鬼と言われ、後世にも語り継がれている土門拳が、まるで何も知らない少年のように語られるのは、どこか不思議な感じが残る。しかし、千佳慕が話を大げさにして嘘を言っているとはとても思えない。それは、千佳慕の絵を観ただけでもそう感じるし、彼の神への信仰心、自分を正直に表現するという自身の信念を考えてみても、そうだ。そんな彼の口から描かれる土門拳はどこかおっちょこちょいで、垢抜けない。</p>
<p>「土門は後に仏像やら文楽やら歌舞伎などを題材に写真を撮るようになっていきましたけど、元々、彼はそうした文化的なものに慣れ親しんでいたわけではないんです。だから、彼が最初に文化的なものに触れる好機となったのが僕と一緒にやっていた&#8221;NIPPON&#8221;だったのだと思います。あるとき、僕らは民家に置いてある雛人形を撮る機会がありました。そこで、僕は部屋を真っ暗にしてあちこちから照明を当てて撮ってみようと提案しました。そうしたら、土門もその撮影を楽しんで、出来上がったものも予想外に立体的になっていて満足ができたのでしょう。それで、当時の仏像写真というのは、とても平板なものばかりだったものだから、僕がこういうやり方で仏像を撮ったら、きっと面白いはずだよ、と彼に示唆したら、もう意気揚々として仏像を撮りに出かけていったんです。」</p>
<p>もちろん土門も人の子である。だから、何かしらの影響を誰からかどこからか受けるのは、人としてクリエイターとして当然のことだろう。しかし、まるで同窓会で出来の悪い悪友の思い出話を思い浮かべるかのように、かの土門拳について語り、その影響のいくつかを千佳慕が出しているという事実には、やはり驚かずにはいられない。しかしもっと驚かされるのは、千佳慕のさらなる提案である。</p>
<p><img src="http://dev.nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2009/07/kumada020.jpg" alt="kumada020" title="kumada020" width="500" height="220" class="alignright size-full wp-image-577" /></p>
<p>「勇み足で出ていったのは良かったのだけど、土門は、結局、いいのが撮れなくて、落ち込んで帰ってきたんです。それで、僕は土門に言ったんです。&#8221;撮ろう、撮ろうって想いばかりが先にいっちゃうから駄目なんだよ。一度、カメラ機材を全部、置いていって、仏像にどうやって撮ったらいいか聞いてご覧。一日、仏像の前に座っていてご覧よ&#8221;そう言ったんです。そうしたら、彼は僕の言うことはちゃんと素直に聞くんですね。二度目に撮影に行って戻ってきたときには、&#8221;五郎ちゃん、ありがとう、わかったよ&#8221;と嬉しそうでしたね。でも、後に彼が名を成したのは、やはり彼の写真に対しての情熱があって、熱心によく勉強をしていったからだと思いますよ」。</p>
<p>千佳慕は、熱心なクリスチャンだ。それでも、彼の中には、「万物と対話する」というアニミズムに通じる考え方が息づいている。千佳慕の描く昆虫の絵や草花の絵にも、その精神は色濃くあらわれている。彼の作品の多くは、彼が生き物たちと対話をした結果の産物である。そんな彼が土門にしたアドバイスは、まさに彼が幼い頃からしたことだったわけだ。後に、土門拳と会った人たちの多くは、彼をして「観察の人」と評している。それは彼が、いやというほど物事を観察するからだ。その原点をが千佳慕から来ている言ってしまってはそれはあまりにも乱暴な話だが、少なからず千佳慕の影響というのはあったことは間違いない。</p>
<p><img src="http://dev.nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2009/07/kumada027.jpg" alt="kumada027" title="kumada027" width="500" height="200" class="alignright size-full wp-image-578" /></p>
<p>千佳慕は、言う。<br />
「僕はその昔、名取さんに&#8221;お前もカメラをやれ！&#8221;と言われたことがあるんです。それは、名取さんとしては、”NIPPON&#8221;をビジュアル的に間違いのないものにしたいから、図案家で画家でもある僕に写真を撮らせれば、技術の修得も早いし、早くものになるという考えがあったようです。でも僕は、&#8221;僕には、神様がくださった二つの眼と心の眼のいわば三眼レフカメラを持っているので、できません&#8221;と答えました。同じことを土門の前でもうそぶいていたら、土門はそれをよく覚えていたみたいです。晩年になって、彼の写真展を訪ねたときに、&#8221;五郎ちゃん、やっぱり五郎ちゃんのリアリズムには負けたよ。&#8221;そう言われました。写真と絵のリアリズムを比べても仕方がないことなのに、彼はどこか心に残っていたことがあったのでしょうね。」</p>
<p>報道写真やグラフィックデザインの世界における日本工房も、写真の世界における土門拳も、日本のクリエイティブ業界においては燦然と輝ける伝説である。しかし、オンタイムでその場、その時を生き抜いてきた千佳慕にとっては、どちらも古き良き思い出でしかない。だから、彼が語る伝説には、伝説らしいセピア色のニュアンスがなく、ただ愛情にあふれる日記のように淡々と、それでも嬉しそうに語られるだけなのだ。</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>『セレブと板金工』：第6話</title>
		<link>http://nipponscape.com/J/2009/07/19/book-a-6/</link>
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		<pubDate>Sun, 19 Jul 2009 02:44:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator>suzu</dc:creator>
				<category><![CDATA[Sheet Metal and Socialites]]></category>

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		<description><![CDATA[板金工場から生まれたブランドの名は、エアロコンセプト。そこには、新幹線や航空機の部品技術が活かされている。生まれてまもない、メイド・イン・ジャパンのこのブランドが、今、世界を駆け巡る。一体何が人々を魅了するのか？　板金工場のオヤジのノンフィクション。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://dev.nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2009/07/sugano05-3.jpg" alt="sugano05-3" title="sugano05-3" width="500" height="220" class="alignright size-full wp-image-564" /><br />
<strong>長い時間</strong></p>
<p>渓水の歴史は古い。<br />
いや、当時は、渓水という組織名ではなく、菅野製作所といった。<br />
だから、<br />
その源流の歴史は古いと言った方が正確だろうか。<br />
（渓水の会社名については、後述するので、ここでは触れない）<br />
ホームページを見ると、そこには昭和32年と記されているが、<br />
実際、板金屋としての歴史はもっとずっと古い。<br />
菅野の祖父にあたる<br />
菅野春吉は、明治時代の板金工であった。</p>
<p>大阪城修復の際の金属部分の加工には、<br />
他、全国からあまた呼び出された職人たちを<br />
棟梁として取りまとめたこともあるほどの腕利きだったようだ。</p>
<p>当時は、現在ほど、<br />
金属加工をするものも多くなかったが、<br />
代わりに需要が多くあったのが、トタンやブリキの加工である。</p>
<p>手が器用で、負けず嫌いな性格を備えた菅野の祖父、春吉は、<br />
他の板金工にできないことも、<br />
惜しみない努力と集中力で形にしていく。<br />
その試行錯誤の積み重ねが、<br />
経験値となり蓄えられ、<br />
お客から高い評価と信頼を得る。<br />
そのやり方は、<br />
関東大震災、戦後の焼け野原をくぐり抜けて、<br />
祖父から父、良彦、叔父の敏彦に受け継がれ、<br />
そしてその技術と魂は菅野敬一にも<br />
継承されていくことになるわけだ。</p>
<p><img src="http://dev.nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2009/07/sugano05-1.jpg" alt="sugano05-1" title="sugano05-1" width="500" height="220" class="alignright size-full wp-image-561" /></p>
<p>「俺は、親父というよりは、<br />
おじいさんの方から、技術を教えてもらったんだ。<br />
まあ、教えてもらうというよりは、<br />
見て盗んで身体で覚えたという感じだけどね。<br />
おじいさんも親父も、<br />
負けず嫌いでさ。<br />
他の職人がいいものつくらないと、<br />
怒鳴り散らしていたよ。<br />
自分がいいものつくれるから、<br />
腹が立つんだろうね。</p>
<p>出来上がったものの出来映えが良くないと、<br />
何も言わずにほっぽり投げちゃうの（笑）。</p>
<p>昔の職人って、そういう感じだったんだよ」</p>
<p>明治、大正、昭和という時代を通して、<br />
トタン屋、ブリキ屋、そして板金屋として、<br />
渓水はひとつひとつの仕事を着実にこなし、<br />
高い実力をつけてきたことになる。</p>
<p>「だけど、技術のことを言うのなら、<br />
俺なんかより、高い技術を持った職人が<br />
渓水には大勢いるんだ。<br />
祖父や父や叔父から、直接、薫陶を受けた彼らが、<br />
今もこの工場を支えてくれているから、<br />
この工場を<br />
誇りを持ってまわせていけるんだ。」</p>
<p>確かに、渓水を訪れる度に<br />
感じさせられるのは、<br />
ここで働く工員というか職人さんたちの、<br />
生真面目な仕事ぶりである。<br />
淡々としていながら、<br />
それぞれの作業に対しての集中力には<br />
目を見はるものがある。</p>
<p>そして、<br />
何よりも感じさせられるのは、<br />
彼らが体全体で放つ職人の気だ。<br />
職人然とした雰囲気というのは<br />
つくろうと思ってつくれるものではない。<br />
その気は、ただ何となく漂っているのだ。</p>
<p><img src="http://dev.nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2009/07/sugano05-6.jpg" alt="sugano05-6" title="sugano05-6" width="500" height="220" class="alignright size-full wp-image-562" /></p>
<p>彼らの様子を観察していると、<br />
仲間同士で一緒にいたとしても、<br />
ほとんど言葉を発さない。</p>
<p>言葉を発さないのに、<br />
どこか穏やかで和んでいる。</p>
<p>世間には、<br />
「言葉にしなけりゃ、わからないじゃないか！」<br />
「論理立てて説明してくれないと、わからない！」<br />
そういう風潮がある。<br />
言外でのコミュニケーションが否定されるのは、<br />
今にはじまったことではないのかもしれない。<br />
それは、長い間、地球にあまねく言われてきたことなのだろう。<br />
確かに、その通りだ。<br />
言葉は、何か伝えたいことを伝えるのに有効な手段であるし、<br />
論理だって、同じだ。</p>
<p>ただ、職人然とした彼らを見ていて感じるのは、<br />
彼らにとっては、言葉というものが、<br />
制限されたものであるがゆえに<br />
使い勝手の良いコミュニケーションツールではないということなのだ。</p>
<p>彼らは、もっと呼吸とか間とか表情とか、<br />
そういうものでコミュニケーションをできているのではないだろうか？</p>
<p>それは、彼らが日頃、彼らの技術を言葉で説明しないことに似ているのは、<br />
偶然ではないように思う。</p>
<p>彼らは、先達の匠の技を、<br />
目で見て、手を動かし、<br />
自分の体に染み込ませながら技術を修得してきた。</p>
<p>彼らが、技術のひとつひとつを覚えたのは、<br />
言葉によってではない。<br />
むしろ、視覚、聴覚、触覚、そしてときには嗅覚を<br />
働かせることで高い次元の技術を身につけてきたのだ。</p>
<p>その意味からは、<br />
彼らは無口だが、決してコミュニケーションが下手なわけではないのだ。<br />
むしろ、より高次のコミュニケーション、<br />
言外の情報のやり取りの威力を知っていればこそ、<br />
言葉だけのコミュニケーションにもどかしさや嘘臭さを感じてしまい、<br />
結果として、無口になってしまうのではないだろうか。</p>
<p>少し話はずれたが、<br />
きっとそういうことなのだ。</p>
<p>渓水の職人たちが、<br />
職人然としていて、<br />
無言のままに穏やかなコミュニケーションをしている様子は、<br />
見る人に何かを思い起こさせてくれる。</p>
<p>その何かとは、彼らが、その無口さや職業然とした佇まいを培ってきた歴史だ。</p>
<p><img src="http://dev.nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2009/07/sugano05-5.jpg" alt="sugano05-5" title="sugano05-5" width="500" height="220" class="alignright size-full wp-image-563" /></p>
<p>渓水では、<br />
菅野春吉も良彦も、そして叔父の敏彦も<br />
言葉少なに、想い多く、その技術を職人たちに伝えてきたに違いない。<br />
そして、そんな職人らしい職人たちによって<br />
受け継がれた生命を宿した技術があればこそ、<br />
新しい可能性を持った製品が生まれてくるのだ。</p>
<p>幼い頃から<br />
現場での出来事を目の当たりにしてきた、<br />
菅野敬一は、そんなことは百も承知にわかっているらしく、<br />
彼らの力、技術があってこその渓水、<br />
むしろ、「職人の技術力こそが渓水だ」という<br />
そんな想いがあるようなのだ。</p>
<p>いつか筆者は菅野に何とはなしに聞いたことがあった。</p>
<p>「職人さんたちは、ほとんどしゃべらないんですね」</p>
<p>すると、そんな他愛も無い筆者の問いに対して、<br />
菅野は、深淵な哲学さえ含まれているような<br />
シンプルな答えをくれた。</p>
<p>「だって、彼らはそういう商売をしているわけじゃないからね。<br />
彼らは職人だからさ」。</p>
<p><img src="http://dev.nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2009/07/sugano05-4.jpg" alt="sugano05-4" title="sugano05-4" width="500" height="220" class="alignright size-full wp-image-560" /></p>
<p><strong>エアロコンセプトの開発</strong></p>
<p>板金加工屋で３代目となると、<br />
そこにははかりしれない技術と計算が土台に積まれている。<br />
「そんな歴史とさえ言える過去を持つ工場、渓水が、何故、エアロコンセプトを？」<br />
技術には、確固として裏打ちされたものがあり、当然ながら高い評価を得ていた。<br />
工場としては、超一級の腕を持っているのだから、<br />
何も危険を冒して、<br />
別段新しいことをやる必要性なんてどこにもない。</p>
<p>そもそも、昔ながらの町工場から、<br />
どうしてエアロコンセプトのような、<br />
ソリッドでコンテンポラリーな発想が生まれ得るのか、<br />
まったくもって不思議でならない。</p>
<p>実際に手にしたエアロコンセプト製の名刺ホルダーが放つオーラは、<br />
明らかに、<br />
一般的に知られる「板金屋」「町工場」「昔かたぎの職人」といった単語とは、<br />
かけ離れたものなのだ。</p>
<p>どちからと言えば、<br />
職人がつくったと言われるよりは、<br />
どこぞの高名な建築家なりデザイナーが、<br />
町工場にいる昔かたぎの板金工に力を借りて製作をしたと聞く方が<br />
耳に馴染み、「なるほどね」と腑に落ちそうだ。</p>
<p><img src="http://nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2009/07/sugano05-8.jpg" alt="sugano05-8" title="sugano05-8" width="500" height="220" class="alignright size-full wp-image-426" /></p>
<p>一体どうしてか？</p>
<p>そう聞くと、菅野は答えた。</p>
<p>「別に、俺は自分の欲しいものをつくっただけだよ」。</p>
<p>いつものように、平然とうそぶく。<br />
でも、<br />
そんなわけがない。<br />
そんな簡単に製品というものが<br />
ひとつの完結した形として世に出るわけがないのだ。</p>
<p>何気なく手に取られる日用品だって、<br />
それが製品となり、商品として、市場で売られるためには、<br />
さまざまな専門家の目にさらされ、知恵が寄せ集められてこそ<br />
ひとつの製品として世に出るのだ。</p>
<p>そこには、<br />
企画者がいて、マーケッターがいて、デザイナーがいて、<br />
技術者がいて、製造業者がいて、営業マンがいて、<br />
卸業者がいて、広告マンがいる。</p>
<p>そういった、<br />
いくつもの手をリレーされてゆくことで<br />
はじめてひとつのアイディアが実を結び、<br />
市場で売られる。</p>
<p>その一連の流れは、<br />
あらゆるメーカーが<br />
もはや当たり前過ぎるほどに当たり前のものとして<br />
取り組んでは悪戦苦闘していることだろう。</p>
<p>商品開発という名目でかかる投資は、<br />
安いものではないのだろう。<br />
だから、<br />
いかに商品開発のコストを安く抑えるか、<br />
いかに先行調査をして、商品を投下するマーケットを絞り込んでおくか、<br />
そういった内容をあらかじめ計算し尽くしておくことは、<br />
言うまでもなく、メーカーにとっての最重要事項である。</p>
<p>新商品を次々に発表して、<br />
消費者の好奇心を煽り続けなければいけない。<br />
しかし、<br />
そのアイディア投入は慎重に行う必要がある。<br />
そんな盤石の体勢で<br />
ひとつの商品をつくり上げ、<br />
ひとつの商品を市場に出す。<br />
それでも、その商品を「売り」に結びつけることは、<br />
並大抵のことではないのだ。</p>
<p><img src="http://dev.nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2009/07/sugano05-9.jpg" alt="sugano05-9" title="sugano05-9" width="500" height="220" class="alignright size-full wp-image-569" /></p>
<p>それは、<br />
『プロジェクトX』などのドキュメンタリー番組や<br />
ニュース番組においても、<br />
ドラマチックな商品開発ストーリーというものは<br />
いくつも紹介されてきているので<br />
決して目新しいものではないはずだ。</p>
<p>ところがである、<br />
菅野という男は、<br />
あっさりと「つくりたいものをつくっただけだ」というのだ。</p>
<p>彼は、本当のこと言っているのだろうか？</p>
<p>そう疑りの念が湧いた筆者は、<br />
彼に尋ねることにした。<br />
一体、確乎とした技術があって、安定した収益をあげてられるはずの精密板金加工業者が、<br />
まったく未知の分野に足を踏み入れたのは、どうして何でしょう、と。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>『セレブと板金工』：第５話</title>
		<link>http://nipponscape.com/J/2009/06/13/book-a-5/</link>
		<comments>http://nipponscape.com/J/2009/06/13/book-a-5/#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 13 Jun 2009 07:51:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator>suzu</dc:creator>
				<category><![CDATA[Sheet Metal and Socialites]]></category>

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		<description><![CDATA[板金工場から生まれたブランドの名は、エアロコンセプト。そこには、新幹線や航空機の部品技術が活かされている。生まれてまもない、メイド・イン・ジャパンのこのブランドが、今、世界を駆け巡る。一体何が人々を魅了するのか？　板金工場のオヤジのノンフィクション。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://dev.nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2009/06/sugano04-19.jpg" alt="sugano04-19" title="sugano04-19" width="500" height="220" class="alignright size-full wp-image-531" /></p>
<p><strong>板金屋とプレス屋</strong></p>
<p>技術的なことに関しては、いくら言葉で説明を重ねても、なかなかイメージするのが難しい。しかし、この板金加工技術こそ、渓水の真骨頂であり、その技術があればこそ、人々を驚かせるプロダクトがつくり出せるのである。今、世界で注目が集まるエアロコンセプトという製品も、この技術がなければ生み出されることはなかったのである。エアロコンセプトというブランドの一点一点に注ぎ込まれる技には、職人の手から溢れ出る、モノに対する知恵と想いが込められている。</p>
<p>もう一度、ここで菅野の言葉で、その技術を説明してもらおう。技術的な説明を読むのは、集中力も必要と思われるが、この渓水の世界観を理解するためには必要不可欠な、肝になる部分なので、もうしばしおつきあい願いたい。</p>
<p><img src="http://dev.nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2009/06/sugano04-22.jpg" alt="sugano04-22" title="sugano04-22" width="500" height="220" class="alignright size-full wp-image-532" /></p>
<p><strong>経験と発想が活かされる板金加工</strong></p>
<p>菅野は語る。<br />
「金属の加工には、図面通りの形をつくるためには３通りのやり方があるんだよ。金型をつくればできてしまうプレス加工、それから、縦方向と横方向から削る作業をする機械加工、そして板金加工さ。板金加工だけは、鉄の板をどんな風にしたっていいんだ。だからこそ、経験の差や発想によって、できあがるものが全然違うものになるわけだな」。</p>
<p>エアロコンセプト・ブランドの製品には、経験の差と発想が余すことなく詰め込まれているのだ。エアロコンセプトという製品が決して安価とは言えない価格で販売されている理由もここにある。実際に手を動かす職人としては、むしろ適正よりも安い、良心的な価格とさえ考えているようだ。</p>
<p><img src="http://dev.nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2009/06/sugano04-23.jpg" alt="sugano04-23" title="sugano04-23" width="500" height="220" class="alignright size-full wp-image-533" /></p>
<p><strong>プレス加工ではつくれない？</strong></p>
<p>エアロコンセプトが、高価になってしまうのは、精密板金加工という技術を主に置いているからだ。そこには板金加工でしか表現しえない美しさがあるのだ。でも、素人の発想からすると、「どうして板金加工にこだわらないといけないのか？」、直感的にイメージ的にそれを理解することは容易なことではない。「何故、プレス加工だけで大量に安くつくることができないのだろう？」　そう思う人は少なくないはずだし、もしかしたら、実際にエアロコンセプトのコピー商品をプレス機だけでつくろうと考える外国企業などもあるかもしれない。しかし、その疑問を菅野に訪ねてみると、<br />
わかりやすく次のような話をしてくれた。</p>
<p>「プレス屋も板金屋も、どちらも金属の板を加工するんだよ。だから、渓水では、こさえるカタチによって、ふたつの技術を使い分けているんだ。ただ、あくまでも板金加工技術が主、そしてプレス加工技術が従ということなんだけどね。プレス加工技術だけでは、エアロコンセプトみたいに、細かくて精度の高いものはつくりあげられないというだけのことさ」。</p>
<p><img src="http://dev.nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2009/06/sugano04-20.jpg" alt="sugano04-20" title="sugano04-20" width="500" height="220" class="alignright size-full wp-image-537" /></p>
<p><strong>ふたつの加工技術の違い</strong></p>
<p>菅野が説明したくれたところによると、<br />
板金加工の技術とプレス加工の技術は、次のように異なるようだ。</p>
<p>例えば、一枚の鉄板から蓋のない真四角の箱をつくるとする。つまり正方形のカゴのような形だ。</p>
<p>真四角の箱はできあがると、同じ面積の板が、底に一面、壁に4面、計5面必要ということになる。</p>
<p>板金加工的な発想でこれをつくる場合は、シンプルだ。<br />
まず、最初に一枚の鉄板から寸法を取って、折り紙の凧「やっこさん」のような形をはさみで切り抜く。<br />
そして、切り抜いた鉄板の真ん中の四角面を中心に残りの4面を90度に折っていく。そうすると、4回折で、蓋なしの箱ができることになる。</p>
<p>一方、プレス加工的な発想で同じものをつくる場合は、少々厄介なようだ。<br />
同じように、最初は一枚の鉄板をつくる必要がある。まず、そのために必要となるのが、「やっこさん」の型を抜き出すための形をした刃物だ。想像するとわかりやすいのは、クッキーの抜き型。一枚の鉄板の上から、これを押し当てると、やっこさんのような形は自ずと切り抜ける。しかし、板金加工的発想だと、この後の折る工程で4回ほど上に折り曲げる作業が必要となったが、プレス加工的な発想に従えば、それを1回だけで行うことになる。さて、どうするか？　そのためには必要となるものがふたつほどある。それがメス型と呼ばれるもの、そしてオス型と呼ばれるものだ。メス型というのは、四角い穴の空いたテーブルを想像してもらうといい。オス型というのは、そのテーブルの四角い穴と同じ形で、ほんの少しだけ小さい立方体を思い浮かべればいい。このメス型のテーブルの上に1枚の鉄板を敷く、そして、その上からオス型の立方体で圧力をかけて押す。すると、底の1面が押し込まれ、それ以外の4面が自然と90度に折り曲り、立ち上がることになる。そして、押し込んだオス型を抜き出し、メス型にはまった鉄板を取り出すと、その鉄板はもはや板ではなく、フタのない箱になってしまっているという具合である。</p>
<p><img src="http://dev.nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2009/06/sugano04-18.jpg" alt="sugano04-18" title="sugano04-18" width="500" height="220" class="alignright size-full wp-image-540" /></p>
<p><strong>板金屋は少ロット生産、プレス屋は量産</strong></p>
<p>どちらのやり方でも、基本的には同じ「フタなしの箱」ができることに間違いはない。しかし、このふたつの加工方法の違いには、大きな大きな違いが生じる。それが生じるのが、「コスト」という点においてだ。</p>
<p>「いいですか、例えばね、板金屋さんに鉄箱1個発注すると、こさえるのに500円かかるとすると、一方、プレス屋で1個こさえるのは20万150円かかる。どうしてかっていうとさ、プレス屋さんの方は、鉄箱1個つくるにあたって、最初にメス型とオス型をつくらなきゃならないからね。でも、今度ね、鉄箱を100個発注出すと、板金屋さんは1個500円×100個＝50,000円、プレス屋さんは1個2,150円×100個＝215,000円となって、1個当たりの価格は随分下がるんだ。でも、まだプレス屋さんの方は高いよね？　ところが、この鉄箱が大人気になってどんどん売れることがわかれば、”600個発注出そう！”という太っ腹なことを言い出すかもしれない。そうすると、板金屋とプレス屋の立場は逆転するんだ。1個500円×600個=30万円が板金屋さんだとすると、1個483円×600個=28万9800円がプレス屋さんでかかる金額ということになる。つまりさ、板金屋は少ロット生産の考え方、プレス屋は量産の考え方なんだ」。</p>
<p><img src="http://dev.nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2009/06/sugano04-161.jpg" alt="sugano04-161" title="sugano04-161" width="500" height="220" class="alignright size-full wp-image-539" /></p>
<p><strong>真似したければ、真似すればいい</strong></p>
<p>板金加工とプレス加工。<br />
このふたつのやり方には、見てきた通りに、コストに差が出る。</p>
<p>高額の初期投資をしたプレス屋は、<br />
大量にこさえる事でコストを安く抑えることができるわけである。</p>
<p>ところが、流動する時代の流れの中においては、<br />
市場に合わせて生産体制を変更しなければならない場面も少なくない。</p>
<p>例えば、<br />
つくった箱が大ヒットしていても、<br />
そのサイズがユーザーのニーズから若干ずれてしまっていて、<br />
新たにサイズ変更のリクエストがあがってくるケースなどがそうだ。<br />
そうは言っても、<br />
高額な金型が簡単につくり直せるわけではない。</p>
<p>また、<br />
大ヒットを目論んだものの、<br />
結局は損益分岐点をクリアできない金型も出てきてしまう。<br />
600個売らないと利益があがらなかった金型は、<br />
200個の在庫が残ってしまうと、お手上げだ。</p>
<p>「欲をかかずに板金屋さんに頼んでおけば良かった」<br />
ということになる。</p>
<p>「渓水は、プレス加工も板金加工も、どちらもやるんだ。<br />
精密板金加工と謳っているからって、板金ばかりやっているわけじゃなくて、<br />
必要なところにはプレス加工の技術も入れるし、板金加工の方がうまくいくときは、板金加工をやるし、どっちもさ。元々、プレスも板金も決して別の技術じゃなくて、職人が編み出した技術だったんだよ。一個二個こさえるときは板金加工、大量にこさえる時はプレス加工って感じでさ。</p>
<p>それがいつの間にか、ギャンブル的な「大きなコスト」の差を生み出しちゃったから、おかしなことになるんだ。おかしなことっていうのは、日本の工場の空洞化だよ。技術には興味ないけど、お金には興味あるという人間は山ほどいるだろう。”欲”のあるところに&#8221;投資&#8221;が生まれて、その投資に工場が翻弄されると、技術もへったくれもない、ただ製造所になってしまうんだと思うね。だから、外国でウチの製品を真似したかったら、真似したらいいんだよ。それはカタチは似ていたって、全くの別物なんだからさ」。</p>
<p>これは後で詳述するが、<br />
菅野は2009年2月に行われた外国人向けの記者会見で、次のように応えている。</p>
<p>外国人記者<br />
「国際法上における意匠権などについては、どのような対応をしているのですか？　真似されてしまったら、どうするのですか？」</p>
<p>菅野<br />
「法律やなんかのことは、よくわかりません。でも、真似したい人がいるなら、どうぞ真似してください。真似しても同じものにはなりませんから」</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>『セレブと板金工』：第4話</title>
		<link>http://nipponscape.com/J/2009/04/28/book-a-4/</link>
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		<pubDate>Mon, 27 Apr 2009 17:09:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator>suzu</dc:creator>
				<category><![CDATA[Sheet Metal and Socialites]]></category>

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		<description><![CDATA[板金工場から生まれたブランドの名は、エアロコンセプト。そこには、新幹線や航空機の部品技術が活かされている。生まれてまもない、メイド・イン・ジャパンのこのブランドが、今、世界を駆け巡る。一体何が人々を魅了するのか？　板金工場のオヤジのノンフィクション。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://dev.nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2009/04/sugano04-02.jpg" alt="sugano04-02" title="sugano04-02" width="500" height="220" class="alignright size-full wp-image-429" /></p>
<p><strong>精密板金加工とは</strong></p>
<p>現在、21世紀初頭、私たちの暮らす社会には金属製品が溢れている。そして、その金属製品には、精度の高さが求められる。そこで必要とされるのが、精密板金加工である。銀行のATM、自動改札機、自動販売機などを頭に頭に思い浮かべてもらうと良い。その形状や機能には、いかにも「精密」という言葉が当てはまりそうな感じがする。それくらいなら素人にでもわかるだろう。精密板金加工に、厳密な定義はない。精密板金加工とは、つまり、精密な板金加工を指して言うだけなのだ。</p>
<p><img src="http://dev.nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2009/04/sugano04-17.jpg" alt="sugano04-17" title="sugano04-17" width="500" height="220" class="alignright size-full wp-image-430" /></p>
<p><strong>板金加工とは</strong></p>
<p>　板金加工という言葉については、多くの人が耳にしたことがあるかもしれない。もっともよく知られているのが、自動車板金加工。大抵、どこの町にでもあるから、目にする機会も多いはずだ。交通事故などでできてしまった凹みなどを修理するのも板金屋の仕事である。板金加工技術とは、金属板を切断したり、曲げてみせたり、接着したり、穴を開けたりしながら、金属板をさまざまな立体物にしてゆく加工技術のことを言う。まさに板金加工である。<br />
　また、近年では、新幹線の先頭部分にも用いられている技術として板金加工技術は知られている。新幹線の先頭車両は頭尾2両しかないため、生産数は少ない。加えて、新幹線は頻繁にモデルチェンジがなされる。そのため大量生産するためのプレス用の金型をつくっていたのでは、とてもコストが合わなくなってしまう。そこでものを言うのが、熟練の板金職人の技術である。アルミ板をハンマーで打ち付けることで、車体の美しい曲線をつくり出すのである。板金加工技術というのは、つまりそういうものだ。</p>
<p><img src="http://dev.nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2009/04/sugano04-21.jpg" alt="sugano04-21" title="sugano04-21" width="500" height="220" class="alignright size-full wp-image-431" /></p>
<p><strong>高速移動体の内部構造パーツ</strong></p>
<p>　菅野が携わるのは、その板金加工と同じ原理を用いた技術だ。違うのは、そこに0.1mmの差異も許されない、精密さが求められるということである。菅野が率いる渓水が多く製作するのも、新幹線や航空機の一部だ。しかし、それは車両の筐体ではなく、内部構造パーツである。例としてあげられるのはセンターコンソールやセンターアーム、サイドアームなどと呼ばれる箇所がそうだ。新幹線や航空機は、ご存知の通り、高速移動をする乗り物である。そうすると当然、その高速移動体を構成するパーツはひとつひとつが、寸分の違いもなく、組み立てられていなくてはならない。つまりそこには、精度と強度が要求される。移動する空間が陸であれ、空であれ、そこを高速で移動するということは、そこには強い振動が起る。高い精度、高い強度を備えていなければ、たとえそれが筐体とは直接の関係がないシートまわりの構成部品であっても、簡単に瓦解してしまうはずだ。だから、そこに用いられる板金技術には、当然、高度なものが要求される。その高度さが、一体いかなるものなのかは、金属加工などの分野で実際にものづくりに携わったことがない人間にはなかなか理解できないだろう。もう少しイメージがしやすいように、板金加工の製作工程についても触れてみると、次のようなことになる。</p>
<p><img src="http://dev.nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2009/04/sugano04-26.jpg" alt="sugano04-26" title="sugano04-26" width="500" height="220" class="alignright size-full wp-image-432" /</p>
<p><strong>精密板金加工の工程</strong></p>
<p>　まず、何よりも大切なのは、最初にある立体イメージを平面に落とし込むこと、図面作成である。ここで難しいのは、その作業の順番までを考慮しつつ図面作成しなければならないということだ。でなければ、すべての工程が機能しなくなってしまう。できあがるものが精密どころか、チグハグな不良品に終わってしまう。だから、腕利きの職人は細部までを脳の中でイメージしながら、図面に落とし込む。<br />
　さて、そうして一通りの計算が映された図面が書き起こされると、次に行われるのは、NC工作機というコンピュータプログラムの組み込まれた自動工作機による型抜き、穴開けの作業である。金属板はここでサイコロのように型抜きされて、切断面にできる不要なバリを取り除かれることで、立体物となる前のパーツに仕上げられる。バリを取り除く作業というのは、ことのほか重要だ。というのも、金属のバリというのは、精密さを損なわせるばかりか、少しでも残っていると刃物のような働きをして、触れる人に傷を負わせかねないからだ。<br />
　ひとまず仕上げられた金属パーツには、曲げの加工が施される。この曲げ加工には、曲げ機械と呼ばれる専用マシーンが用いて行われる。曲がる形状というものは、あらかじめ決められたものでなければ上手く曲がらないので、こちらもしっかり念頭に入れた上で展開図を作成しなければならない。いずれにしても、金属板は、いい案配に、正確な角度に曲げられなければ用を足さないのである。</p>
<p><img src="http://dev.nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2009/04/sugano04-242.jpg" alt="sugano04-242" title="sugano04-242" width="500" height="220" class="alignright size-full wp-image-437" /></p>
<p>　そして溶接の工程である。溶接とは、金属同士を溶かして接合を行うことを言う。町工場の職人さんが溶接マスクをつけて、粉じんや火の粉、煙などが舞い上がる中作業をする光景というのは、多くの人がどこかで見たことがあるのではないだろうか。傍目に見れば、薄暗い中で火花を散らして作業をする様子は、美しくさえ思えるのかもしれない。しかし、実際、これをやる人は大変な危険と隣合わせにあり、当然、要求される技術も高度なものになる。溶接でうまい具合に、金属板パーツと金属板パーツが接合されると、最後に仕上げ作業と呼ばれる、妙な盛り上がりや途中でできた傷などを美しく平かに直される作業が入って、製品として完成するというわけだ。<br />
　言葉だけで作業内容を連ねると簡単そうに聞こえるが、当然ながら、実際にやるのは、相当に難しい。手を抜くことなど、どの工程でも許されない。素材は、工程の中で力や熱を加えられる。そうすると、そのことで素材がわずかに伸縮する。熟練の職人たちは、素材の性質を見極め、ほんの少しのさじ加減で力と熱を加え、製作を進めなければならないのだ。つまり、精密板金加工とは、蓄積された経験をベースに徹底的な計算を仕込み、さらにその上で熟練の匠の手技が投じられなければならないわけだ。</p>
<p><img src="http://dev.nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2009/04/sugano04-251.jpg" alt="sugano04-251" title="sugano04-251" width="500" height="220" class="alignright size-full wp-image-438" /></p>
<p>　菅野が率いる渓水がこの技術に抜きに出ているのは、3代続く板金屋としての歴史があるからだろう。祖父の代から培われた技の数々が、上手い具合に伝承されてきていなければ、21世紀に今なお、板金屋としての高い評価を得ることはできなかったはずなのである。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>『虫の眼で世界を眺める』 : 第3話</title>
		<link>http://nipponscape.com/J/2009/04/14/book-b-3/</link>
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		<pubDate>Mon, 13 Apr 2009 16:17:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator>suzu</dc:creator>
				<category><![CDATA[To see the world through the eyes of insects]]></category>

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		<description><![CDATA[きらきらと陽光が降り注ぐ、花乱れ緑溢れる庭がある。蝶や蜂が舞い、アリやカマキリが行進をする。忙しなく動き回る虫たちの中に、ひとりジッと身を屈める老爺がいる。彼の目は、ほとんど瞬きをすることもなく、虫たちの姿を追っている。ときおり太陽が映し出されるその瞳は、幼子のそれのように澄みわたっている。年のせいか、顔には幾本もの皺が走っているが、その割には皮膚には潤いがある。彼が虫を見ているのは、頭の中に虫たちの表情や動きを納めるためだ。たった数十分の間に、焼き付けられた虫たちの姿は、その後、この男の指先と彼の愛筆を通じて画用紙へと写し取られる。 ]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://dev.nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2009/04/kumada063.jpg" alt="kumada063" title="kumada063" width="500" height="220" class="alignright size-full wp-image-418" /></p>
<p><strong>97歳まで生きるということ</strong></p>
<p>人間五十年、下天のうちを比ぶれば夢幻の如くなり。<br />
一度生を享け、滅せぬもののあるべきか。</p>
<p>これは、戦乱の世を生き、天下統一を果たした織田信長公が好んだ『敦盛』の中の一節である。<br />
長いこと多くの人は、一生を生きるということは、およそ50年の時を生き抜くことである、そう考えていた。<br />
事実、日本人の平均寿命が50歳を越えるようになったのは、戦後のことである。明治、大正時代などは、40歳代が平均寿命として数えられていた。</p>
<p>だから、昔の人にとっては、「生きる」こと、そして「歳を重ねること」の意味が、今とはまったく違うものであったはずだ。</p>
<p>千佳慕が生まれたのは、1911年（明治44年）のことである。<br />
まだ明治時代であり、まだふたつの世界大戦も、関東大震災も起っていない。<br />
テレビもなければ、もちろんインターネットだってない時代でのことである。<br />
戦後生まれや、平成以降生まれの人間にとって、<br />
彼が生まれ落ちた時代がどんな時代だったかは、想像の域を出ない。<br />
しかし、<br />
確実に想像しうることは、当時の千佳慕自身が97歳まで生きるとは、到底、考えていなかったということである。</p>
<p><img src="http://dev.nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2009/04/kumada062.jpg" alt="kumada062" title="kumada062" width="500" height="220" class="alignright size-full wp-image-419" /></p>
<p>「僕はね、生まれつき虚弱児だったの。すぐに寝込んでしまうくらい体が弱くて、体力も全然なかったの。だから、4歳くらいになるまでは、よその子と同じように外に出ることすらできなかった。だから、当時の僕ができたのは、お家で絵本を読むか、お庭で花や虫と遊ぶくらい。まさか、自分が97歳にまでなって、絵を描いて、現役の画家をやっているなんて、思ってもみませんでしたよ」。</p>
<p>97歳まで、現役として仕事をやり続ける。<br />
そんな志を持って生きている人間は、ほとんどいないはずである。<br />
今の社会的な背景を考えれば、多くの人の頭の中に浮かぶのは「老後」ということである。年老いたら第二の人生というものが待っていて、現役を退いた先で一体何をするのか、どう過ごすかで、人生の価値は決まってくるという具合だ。<br />
ある人は、釣りをはじめたり、楽器などの手習いをはじめる。</p>
<p>また、ある人は、地域の活動に参加したり、若者たちの教育に熱を入れる。<br />
確かに、それぞれの道がそれぞれに意味のある老後となるのだと思う。<br />
仕事づくめの人生に嫌気が指してしまう人がいるというのにも、<br />
多くの人が共感をするはずだ。<br />
しかし、千佳慕の頭の中には、いわゆる中流のサラリーマンたちが思い描いてきたような計画的な人生というものはなかった。</p>
<p><img src="http://dev.nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2009/04/kumada054.jpg" alt="kumada054" title="kumada054" width="500" height="220" class="alignright size-full wp-image-420" /></p>
<p>「僕には、老後というのが今もないの。だって、そんなこと言っていられないくらい貧乏だったんだもの。<br />
常に動いていて、働いていないと駄目だったんだ。<br />
60代までは、泥の中を泳ぐような人生。<br />
70代で少し花が開いて青春がはじまったの。<br />
だから、僕にとっては、70歳がルネッサンスだった。<br />
それで80代が、僕の一番の青春。<br />
本当に毎日毎日、うきうきとときめいていましたから。<br />
さすがに90代になってからは体力が落ちたけど、それでも毎日、すべてのことにときめいていますよ。人間、ときめきがなくなってしまったら、もうお終いでしょうね」。</p>
<p>千佳慕が、70代を青春だと言うのは、その頃にようやく画家・熊田千佳慕としての評価が得られるようになったからである。<br />
1981年、70歳のときに、イタリア・ボローニャ国際絵本原画展に出品してからというもの、彼の絵には評価が付けられるようになっていく。その評価はもちろん、国内だけのものに留まらず、海の向こうにまで広がっていくようになった。</p>
<p>「ヨーロッパの人間というのは、評価の仕方も、なかなか面白いんです。私の絵を見て、日本人では言わないような評価の仕方をしてくれる。”クマダの絵はまるで生きているようだ。彼の絵にはファーブルと同じエスプリが感じられる”、そんなことを言ってくれる。それは、もう嬉しいですよ。私の大好きなファーブル先生を引き合いに出してくれるわけですからね」。</p>
<p><img src="http://dev.nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2009/04/kumada050.jpg" alt="kumada050" title="kumada050" width="500" height="220" class="alignright size-full wp-image-421" /></p>
<p>千佳慕にとっては、すべてがはじめての経験だ。<br />
それまで、画家としての千佳慕は、暗闇の中を手探りで生きているような感覚だった。<br />
それが急に目の前が、パッと明るくなったわけだ。<br />
だから、彼にとっては、戸惑うような出来事ばかりがつづいた。</p>
<p>千佳慕の元には、度々、カメラを携えた多くのメディアが訪れたようになった。<br />
雑誌、新聞、そしてテレビに彼の絵が露出すると、彼の名声の波紋はますます広まっていくようになった。</p>
<p>そして、彼が今も、進行形で取り組んでいる『絵本ファーブル昆虫記』は売れはじめ、翌年、翌々年と重版をする運びになっていった。<br />
自分の心の声に耳を澄ませることが大切で、どんなに孤高の生活を愛していた芸術家であったとしても、<br />
世の中から目を向けられることが、嬉しくないはずがない。<br />
自分の絵に社会的な評価がつき、<br />
しかもお金というものにも幾ばくかは恵まれるようになったわけである。<br />
千佳慕がそういったものを経験するようになった70歳という齢は、<br />
今の社会で言えば、間違いなく老人としてくくられる年齢である。<br />
にもかかわらず、<br />
彼は、彼の人生の真の幕開けを全身で感じていた。<br />
辺りの空気が、一変するのを察知していた。<br />
だから、<br />
彼には老後というものがなく、喜びとともに多忙な時代を過ごすことになったわけである。</p>
<p><img src="http://dev.nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2009/04/kumada060.jpg" alt="kumada060" title="kumada060" width="500" height="220" class="alignright size-full wp-image-425" /></p>
<p>ときどき巷では、こんな声を聞くことがないだろうか。<br />
「長生きなんかするもんじゃない」「長生きなんかしたくない」。<br />
特に、今のような長寿高齢化社会になると、未熟な社会保障制度には穴ばかりが目立つようになる。すると、老後の不安感というものはどうしても拭えない。<br />
実際に、長生きしたところで、私たちがどんな暮らしをさせてもらえるのか、まったく想像すらできないのが現状だろう。<br />
加えて、<br />
かのお釈迦さまですら、「この世は苦しみで、生きていくことこそは苦しみだ」と説いている。生きることには、感情的な苦しみが伴う。多くの人は、体験的にそれを知っているはずだ。<br />
しかし、97歳の今もせっせと筆を動かし働いており、生き生きと目を輝かせている千佳慕を見たときに、私たちの脳裏には一体、何がよぎるだろうか？<br />
老後ということについて、ふたたび想いを巡らされることは間違いないはずだ。<br />
本書執筆に当たってインタビューをしている著者に、彼は尋ねてきたことがある。<br />
「あなたは、今、何歳ですか？」<br />
私が、「35歳です」と答えると、彼は声を震わせながら、目を細めて、ポツリとこう言い放ったのだった。</p>
<p>「いいなぁ」。</p>
<p><img src="http://dev.nipponscape.com/scape-ja/wp-content/uploads/2009/04/kumada056.jpg" alt="kumada056" title="kumada056" width="500" height="220" class="alignright size-full wp-image-423" /></p>
]]></content:encoded>
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