板金工場から生まれたブランドの名は、エアロコンセプト。そこには、新幹線や航空機の部品技術が活かされている。生まれてまもない、メイド・イン・ジャパンのこのブランドが、今、世界を駆け巡る。一体何が人々を魅了するのか? 板金工場のオヤジのノンフィクション。
板金工場から生まれたブランドの名は、エアロコンセプト。そこには、新幹線や航空機の部品技術が活かされている。生まれてまもない、メイド・イン・ジャパンのこのブランドが、今、世界を駆け巡る。一体何が人々を魅了するのか? 板金工場のオヤジのノンフィクション。
板金工場から生まれたブランドの名は、エアロコンセプト。そこには、新幹線や航空機の部品技術が活かされている。生まれてまもない、メイド・イン・ジャパンのこのブランドが、今、世界を駆け巡る。一体何が人々を魅了するのか? 板金工場のオヤジのノンフィクション。
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板金工場から生まれたブランドの名は、エアロコンセプト。そこには、新幹線や航空機の部品技術が活かされている。生まれてまもない、メイド・イン・ジャパンのこのブランドが、今、世界を駆け巡る。一体何が人々を魅了するのか? 板金工場のオヤジのノンフィクション。
板金工場から生まれたブランドの名は、エアロコンセプト。そこには、新幹線や航空機の部品技術が活かされている。生まれてまもない、メイド・イン・ジャパンのこのブランドが、今、世界を駆け巡る。一体何が人々を魅了するのか? 板金工場のオヤジのノンフィクション。
板金工場から生まれたブランドの名は、エアロコンセプト。そこには、新幹線や航空機の部品技術が活かされている。生まれてまもない、メイド・イン・ジャパンのこのブランドが、今、世界を駆け巡る。一体何が人々を魅了するのか? 板金工場のオヤジのノンフィクション。
板金工場から生まれたブランドの名は、エアロコンセプト。そこには、新幹線や航空機の部品技術が活かされている。生まれてまもない、メイド・イン・ジャパンのこのブランドが、今、世界を駆け巡る。一体何が人々を魅了するのか? 板金工場のオヤジのノンフィクション。
板金工場から生まれたブランドの名は、エアロコンセプト。そこには、新幹線や航空機の部品技術が活かされている。生まれてまもない、メイド・イン・ジャパンのこのブランドが、今、世界を駆け巡る。一体何が人々を魅了するのか? 板金工場のオヤジのノンフィクション。
風合いの良い革にリベットが、等間隔に打ち込まれている。四隅は滑らかなカーヴを描いており、繋ぎ目には隙がない。キラリと光を反射させ、ポコポコと真ん丸の穴が空けられているのは、ジュラルミンやアルミニウム合金と呼ばれる軽量の金属素材だ。その金属素材、そして自然な風合いの皮革をひとつにするのは、驚いたことにステッチ、つまり針が通された縫い目である。物にフェティシズムを感じる人間なら、好き嫌いの別はともかく、自然に手が伸びるプロダクトというものがある。エアロコンセプトというブランド名を冠したこの物体は、間違いなくそんなモノのひとつに数えられるものだ。 アタッシュケース、旅行鞄、名刺ホルダー、眼鏡ケースなどの小物からテーブルや照明器具、そしてギターケースまで、そこには徹頭徹尾に貫かれたトーンが敷かれる。とても謙虚な物体とは言えない。得も言われぬ厳かなオーラが辺りを包む。それも一瞬にして。この物体が風を切って、ひと度、公の場にその姿を現すと、誰もがその存在に気づく。この表現が大げさかどうかは、実際にこのブランド・プロダクトを携えて、外を歩くだけでいい。次々投げかけられる視線に、まるで自分自身が人気者にでもなってしまったかのような錯覚さえ覚えるはずだ。この製品が内包しているのは、紛れもなく毒である。嫌いな人は徹底的に嫌いになるに違いない。しかし、それとは正反対にこの毒の虜になる人も多い。中毒性をはらんだブランド・プロダクトというものは厄介だ。いくら自分の身の丈に合っていなくとも、いくら懐が寂しかろうとも、その毒牙にかかったら異なる同じブランド製品を手に入れたくてたまらなくなる。ふと気づくと、手はそのプロダクトの感触を確かめ、心はそのプロダクトの存在を何か自分の存在と重ねて拠り所にしてしまっているような節さえ出てくる。カメラならライカ、車ならポルシェ、コンピュータならアップルと言ったところだろうか。 何というセンスのデザイナーがいるのだろう。およそデザインの方程式というものがあるのなら、そんなものは微塵もここには見受けられない。ミニマルなラインがどうとか、オーセンティックな素材の風合いがこうとか、用と美の同居とか、そんな御託はこの存在感の前にはチープすぎるのだ。「泣く子も黙る」という表現は、無邪気だけどわがままな子供の心のさらに奥にある部分に訴えたモノやヒトが登場したときに、ハッと我に帰させる現象を指して言うのだろう。現実にはめったに目にする光景ではない。けれども、現実にこのエアロコンセプトと呼ばれるブランド・プロダクトは見る者の精神に、「泣く子も黙る」ような黒魔術じみた現象を起こすのだ。だから、その現象はエアロコンセプトが駆け抜ける空間で起こり続け、人々をまごつかせるのだ。 このブランド・プロダクトをつくった人物はデザイナーではない。「デザイン教育」というものを一切受けたこともなければ、そんな言葉が存在することすら知らない人物である。彼の名を菅野敬一という。1951年、東京は港区麻布新堀町に生まれた。今、麻布と言えば地価の高い一等地のように言われているが、実際にはやや事情は異なる。麻布地区の中でも、高台は高級住宅地、低地は下町なのだ。菅野が生まれたのは、後者の方た。彼は下町の板金工である。そんな下町の職人がつくったのが、魔性のプロダクト、エアロコンセプトというわけである。 筆者と彼は、取材を通じて知り合った。その当時、のめり込んでいた「ものづくり」をテーマに据えたウェブマガジンの取材だ。一回きりの取材で、取材者と被取材者が心を通わせるということは、稀にある。しかしその後も、近況を報告してくれる人というのは、案外少ない。また、こちらから、妙に馴れ馴れしい具合に接するわけにもいかない。常に文字、言葉を受け取る立場に立って、客観性、中立性を重んじて、情報を発信しなければいけないジャーナリストにとって、馴れ合いのべったりとしたコミュニケーションは禁物だ。つかず離れずな距離感がこちらにとっても都合が良い。ところが彼の場合は、ナチュラルにその辺りをわきまえているようなのだ。近況報告をくれると言っても、馴れ馴れしくするわけでもなく、広報活動といった風でもなく、たださらりとした情熱をレポートをしてくれる感じだ。「人なつっこい」というのとも「厚かましい」というのともまったく違うコミュニケーションの仕方なのだ。あえて、彼のコミュニケーションを形容するのなら、「気さくなで温かく」「クールで粋」といった言葉がしっくりとあてはまりそうだ。職人らしくもあり、東京っ子らしくもある。 その彼が暑中見舞いを兼ねたメールはこんな具合のものだった。 「お盆休みに入って、毎日「暑いなぁ」とぼーっとしている日々。ユマ・サーマンのヴァニティー・ケースを依頼してきた人が、今度はジョージ・クルーニーに眼鏡ケースと鞄をつくって欲しいと依頼してきました。彼は派手な色は嫌いなので、グレーか黒がいい、と。”カスタムすると高くなってしまうんですけど”と言うと、”いくらでもいい”とのご返答。ジョージ・クルーニーにはどんな鞄が合うのかなあ、なんて考えながら暑い日々を過ごしています。」 ユマ・サーマンにジョージ・クルーニーにジョン・レノンとオノ・ヨーコの愛息子のショーン・レノン、ポルシェにフェンダー、ビームスにユナイテッド・アロウズ、そしてコムデ・ギャルソンにルイ・ヴィトン。彼が吐き出す言葉の中には、時折、およそ町工場の職人、50代の中年が発しそうにない不釣り合いな言葉が並べられる。しかし、彼は別段、海外ドラマに狂うハリウッドセレブ・マニアというわけでもなく、ファッションにかぶれて、若い子にもてようとするチョイワルオヤジでもない。彼がそうした言葉を並べるのは、それが彼の生活に起きてきた事象であるからでしかない。 「”みんな、菅野さんのエアロコンセプト、凄いことになっているね。”、そう俺に言ってくるんだよ。でも、俺だって、”本当にそうだね。本当に凄いね”って返すしかねぇんだよ。だってそうだろ。まさか、俺だってこんなことになるなんて思ってもみないもの」