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『セレブと板金工』:第9話

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きっと、菅野という男もそうした大量生産品のお世話になってはいるのだろうが、エアロコンセプトというプロダクトに関しては、それらの量産品のものに近づけて一儲けしようなどとはツユほども考えていない。

「だって、そんなの俺が欲しくないもの。俺が欲しくてものづくりはじめたのに、俺がいらないものつくってどうすんの? 今は、食器だって、鞄だって、家電だって、使い勝手からしたら大した差なんてないんだよ。俺はそう思うね。だから使い手はモノに何かの価値を見出すんだろうけどさ。それは、そのブランドの歴史だったり、認知度だったり、品質だったり、厳選された材料だったり、上品なおもてなしだったり、長い保障だったりさ。でも、そういうものは、全部、結果じゃない? そういうのいくらごちゃ混ぜにして万全の体制をとったってさ、そこに生みの親がいなかったら、モノとしての価値なんか、あるのかね? 俺だったら、そんなものはいらないよね。だから、俺は俺が欲しいものをつくっているんだ。俺の気に入ったものがこさえられたら、それで満足。それを気に入って、お金出して買ってくれる人がいたら、もっと満足なのさ。生みの親がモノにいないというのは、悲しいことだよね」(菅野)。

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では、具体的にエアロコンセプトがどう開発されたのかを聞いてみると、そこについて菅野はあまり語りたがらない。

「土曜日とか日曜日とか、仕事がなくて暇なときとか、そういう余った時間と余った材料を使って、ちょっとつくっては手をとめて、また進めてというのを繰り返していただけだよ。余った材料といったってお金はかかるからね。材料費だけだって、航空機や新幹線と同じものを使うから、本当に高いんだよ。そういう材料を使うから、そんなに一辺に沢山はつくれなかたんだ。だから、楽しみながら、今週はここまでつくった、来週はあそこまでできた。今月は材料費を使えないからつくるのはよそう、そんな感じだったかな」(菅野)

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技術やデザインの研究というものは、そうした日曜大工作業を通じて、自然に行われていったものに違いない。エアロコンセプトの発売当初、菅野が知人に頼んで作成したブランドポリシーを読むと、その開発がどのように行われていたか、朧げではあるが何となくわかる。

「これ、7年前に作成した製品ポリシーなんだけど、今思えば、ちょっと違っているなぁって思うんだ。文章のプロの鈴木さん(筆者)、これちょっとアイディアもらえないかな」(菅野)。

そう言って、菅野が見せてくれたのは、下記の内容のものだった。筆者が読んだかぎりにおいては、確かに客観的に距離を置いて観られるようになった現在の視点からは、エアロコンセプトというブランドを正確に捉えたものとは言いづらい。しかし、普段は涼しい顔をしている菅野も、立ち上げ当初は真剣に「自分の欲しいもの」に向き合っていた感じが出ているのが手に取るようにわかる。

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“AERO CONCEPT”は、当社で永年培われてきた工業生産技術、とりわけ Boeing、Airbus社に代表される航空機パーツ製造の技術と設計デザインを生かした、エンドユーザーを対象とした製品開発と販売事業です。ここで創り出される製品ポリシーは『高い加工技術と精度』、もう一つは『手間を惜しまないモノ造り』です。約2年間に及ぶ設計デザインの蓄積、加工技術の研究を重ねた結果、製品コンセプトを『航空機・宇宙・大気』とし、主に家具・インテリア・鞄・照明器具・スポーツ用品等、多くの分野で手がけていきます。それらは、単に形だけでデザインとは呼ばない”航空機屋が提案するモノ創り”として、今までに無い斬新な設計スタイルになるでしょう。同時に、『 1/1000mm 加工」の創り出す世界は、≪遊 ・ 技 、まさに遊び心を持った精密機械≫と呼ぶに相応しい製品になるでしょう。そんなモノ創りの中で、エンドユーザーと出会ってみたい。「AERO CONCEPT」 それは、私たち職人の強固な、そして喜びに満ちたポリシーです。

この宣言文から拾えるのは、高い加工技術と精度にプライドを持っているということ、手間を惜しまないモノ造りを肝に銘じていたこと、エアロコンセプトのブランドの設計には約2年間が費やされていたこと、「航空機屋が提案するモノ創り」を遊びや普段使いの世界に持ち込もうとしていたこと、などだ。たとえ今気に入らない製品ポリシーでも、そのいくつかのことは明文化された内容からはっきりと伺い知れる。エアロコンセプトの開発秘話は、決してNHKのプロジェクトXで描かれるような、喧々囂々の論争や、挫折と栄光の物語ではない。何故なら、基本的に、その開発に携わっている人間は菅野ひとりしかいないからだ。もちろん、工場の腕利きの職人の手を借りるということはあっても、基本的にはひとり呑気につくり進めていた。だから、会議もなければ、プロジェクト進行のスケジュール管理や予算もない。まさに、日曜大工的なブランド開発だったのである。

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「だけどさ、そうは言ったって、うちだって十数人のスタッフがいるんだからさ。反対者はいたんだよ。本業の航空機や新幹線のパーツづくり以外にわけわからないことを、俺がはじめたからね。まあ、だけど、それでも、俺の場合は、ブツブツひとりごと言いながら作業を進めるだけだからね。いつかは辿り着くだろうってさ」(菅野)

物語の起伏を期待した読者には気の毒だが、エアロコンセプトの開発は、まったくと言っていいほど物語性を帯びていない。いや、物語がないわけではない。物語は菅野ひとりの中で起り続けていたのだ。「こうじゃない、ああのほうがいい、いやこっちをこうしたらどうだ、アイツに手伝ってもらったらこの部分がうまくいくかもしれない」。そういう瞑想にも似た内観作業と手を動かす実作業が、実を結んだとき、それがカタチとなって外に出てくる。自分という井戸を掘り下げて、自分の欲しいものに辿り着く。そこには誰のフィルターも掛からない。技術的限界はより腕利きの職人からのサポートはあっても、基本的には菅野ひとりの好き嫌いが反映されるわけだ。現在、ラインナップされるエアロコンセプトはすべてが菅野の美意識から生まれている。じゃあ、一体、そんな好き嫌いを内包している菅野という人物は一体、どういう教育を受け、どういうモノに囲まれてきたのか。興味は、自然とそこに至る。

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