シリーズ

『セレブと板金工』:第7話

aero10

渓水が遭遇した倒産

「渓水っていう会社は、前は麻布にあったんだけど、バブルがはじけた後に潰れちゃったんだよね。それで、そのときに辛くて辛くて、あと30年生きられたら、もういいやって思っちゃったんだよな。だから、その30年のうちには、自分の好きなものをつくって、それから死んだらいいんじゃないかなってさ。それでエアロコンセプトをやることにしたんだ」。

渓水が一度、潰れている。それは大きな驚きである。これだけの技術を持った町工場が倒産するなどということがあるのが不思議な気がする。しかし渓水はつぶれてしまった。
それにはひとつ事情があった。当時の渓水は、1社からかなり大きな割合で仕事を請け負っていた。

aero12

「当時は、だいたい、仕事の8割、9割はそこの仕事だったね。計画したわけじゃあなかったんだけど、“うちは仕事量が多いから、他の仕事なんかしてないで手伝ってくれ”なんて言われて自然と一社優先になってたんだな、まあ言わば、ひとつの会社の専属下請け的な存在だよな。多数の得意先と取引するより作業効率も好いわけだよ、永遠に続けばね。そうしたら、その会社は中国企業との合弁を計画して急に仕事は激減して入金がなくなった途端、全部、終わってしまったんだよ。うちは倒産したんだけど、その会社も合弁で造った製品が全世界で大量の不良品出して、リコール回収費用で経営はダメになっちゃってさ、東証一部上場企業だよ、コパルって会社さ、今は電算コパルって名前になってる。いい会社だったよ、創業者は板橋の町工場から技術力で伸びてきて上場したんだけど、設計部の人間とは良く話し合いができてたからいい仕事ができたのは、お互いが職人集団だったからなんだ。でも、その会社も上場の後で創業者に代わって銀行から来たやつが社長になんかなった途端に変な事始めるわけよ、不採算部門の整理縮小ってのはまああるとしても、製造会社の心臓部のはずの設計部の大幅な人減らしやってみたり、中国との合弁でコスト競争始めたりでさ、いきなり仕事減らされて”こりゃ大変だ”と思った時は遅かったよ・・・」

aero11

菅野は、会社の倒産によって、窮地に立たされ、毎日毎日さまざまな辛苦をなめさせられた。祖父と父が大切に育んできた工場があっと言う間に、吹き飛んだ。父は半狂乱のような精神状態となり、従業員と家族は不安のどん底につき落とされ、毎日のように借金取りが家を訪ねてくるようになった。そして、工場、家、大きな持ち物、金目になるものはすべて銀行とこの借金取りたちによって、差し押さえられてしまうという状況におちいってしまった。菅野敬一も、さすがにそのプレッシャーには精神を病ませてしまった。そして、あまりにも辛い想いをしたことから、残された道は、自殺することだけだとも真剣に考えたのだという。

しかし、彼が自殺をせずに済んだのは、ある不幸中の幸いとも呼べる、いい話が舞い込んできたからである。人が死というものと一度真剣に向き合うと、不思議とことがうまくまわることもあるのかもしれない。エアロコンセプトの土台となる「好きなものをつくってやろう」という意欲が彼自身の心の底から沸いてきたのである。つまるところ、倒産という事件こそが、エアロコンセプトという物語の幕を切ったのだ。

aero13

渓水が一度、潰れてしまったのに、息を吹き返したのには理由がある。それを端的に言えば、渓水にはこの町工場でしかつくることのできない技術があったからだ。精密板金加工技術は、板金加工の精度をあげた技術なので、板金工であれば、なにがどうなって、どういう形になるかを頭で理解するのは難しいことではない。この本を読めば、その説明についての大まかなことは理解できる。いわば、透明性のある技術なわけだ。

ところが、精度の高い板金技術を実際に手を動かしてやろうと思ったなら、それは容易なことではないのだ。発注者は、そこの点を理解していないから、製造開発をコストの安いところ安いところへと、話しを持ってまわす。

安かろう悪かろうとはつゆほども考えず、ひたすらにコストを削ろうとする。コストを削ることに成功した発注者は、会社では高い評価を得て、その敏腕ぶりから年俸の査定も高いものを得られるのかもしれない。しかし、現場では何が起っているのかは、その人の想像の外にある。ましてや、現場にいる人間の心が、どういう状態であるかなどということは考えることもしないのだ。つまるところ、ものづくりに対しての想像力というものは、希薄にものづくりをしているわけである。

aero19

結果として、できあがってくるものが不良品の山になるということも、そう珍しいことではないようである。そうなると、今度は、必死になって、その技術を持っている工場を探すというわけだ。

渓水がつぶれてしまったとき、家も取られ、工場も取られ、財産という財産はほとんど差し押さえられてしまったとき、この職人集団のもとに残されたものは何もなかった。しかし、法律では奪えないものがふたつだけあった。それが、技術と知恵である。

菅野の知人が、「腕と脳みそにあるものだけは、誰もうばうことはできない」そう口にしていたのを聞いたことがあった。つまり、菅野の営んでいた渓水という工場が実体験として味わっていたのは、まさにそういうことだったのだろう。時代の流れの必然として、一時的にキャッシュの流れから見放されていても、誰にも奪い去れないもの、技術と知恵を渓水はもっており、それがこの工場を救ったというわけだ。

倒産後、幾社かを訪ね歩き、やはり渓水でなければ気づき、数社の担当者がまた渓水をたずねてきた。

菅野が彼らに対して言ったのは、
「もうお終いだよ。だって、工場がなくなってしまったし、会社は倒産してしまったんだ。

しかし、訪ねてきた数社からは何とか工場のラインを復活させてウチのものをつくってほしいと、また1社からは銀行を紹介するとまで言ってきたのだ。つぶれた会社にである。

aero01

渓水が今もあるのは、その数社が支えてくれたお陰なのだろう。しかし、その芯の部分をより深くたどってゆけば、渓水が首の皮一枚で生き残れたのは、彼らが一朝一夕には誰にも真似できず、奪いとることのできない技術と知恵というものを、職人という身体のなかに宿していたからだ。

「安くやれ、早くやれ、とばかり言われていたのに、そういう状況になって、自分たちには特別な価値があるんだということがわかったときは、やっぱり嬉しかったよね」。

コメント