
板金屋とプレス屋
技術的なことに関しては、いくら言葉で説明を重ねても、なかなかイメージするのが難しい。しかし、この板金加工技術こそ、渓水の真骨頂であり、その技術があればこそ、人々を驚かせるプロダクトがつくり出せるのである。今、世界で注目が集まるエアロコンセプトという製品も、この技術がなければ生み出されることはなかったのである。エアロコンセプトというブランドの一点一点に注ぎ込まれる技には、職人の手から溢れ出る、モノに対する知恵と想いが込められている。
もう一度、ここで菅野の言葉で、その技術を説明してもらおう。技術的な説明を読むのは、集中力も必要と思われるが、この渓水の世界観を理解するためには必要不可欠な、肝になる部分なので、もうしばしおつきあい願いたい。

経験と発想が活かされる板金加工
菅野は語る。
「金属の加工には、図面通りの形をつくるためには3通りのやり方があるんだよ。金型をつくればできてしまうプレス加工、それから、縦方向と横方向から削る作業をする機械加工、そして板金加工さ。板金加工だけは、鉄の板をどんな風にしたっていいんだ。だからこそ、経験の差や発想によって、できあがるものが全然違うものになるわけだな」。
エアロコンセプト・ブランドの製品には、経験の差と発想が余すことなく詰め込まれているのだ。エアロコンセプトという製品が決して安価とは言えない価格で販売されている理由もここにある。実際に手を動かす職人としては、むしろ適正よりも安い、良心的な価格とさえ考えているようだ。

プレス加工ではつくれない?
エアロコンセプトが、高価になってしまうのは、精密板金加工という技術を主に置いているからだ。そこには板金加工でしか表現しえない美しさがあるのだ。でも、素人の発想からすると、「どうして板金加工にこだわらないといけないのか?」、直感的にイメージ的にそれを理解することは容易なことではない。「何故、プレス加工だけで大量に安くつくることができないのだろう?」 そう思う人は少なくないはずだし、もしかしたら、実際にエアロコンセプトのコピー商品をプレス機だけでつくろうと考える外国企業などもあるかもしれない。しかし、その疑問を菅野に訪ねてみると、
わかりやすく次のような話をしてくれた。
「プレス屋も板金屋も、どちらも金属の板を加工するんだよ。だから、渓水では、こさえるカタチによって、ふたつの技術を使い分けているんだ。ただ、あくまでも板金加工技術が主、そしてプレス加工技術が従ということなんだけどね。プレス加工技術だけでは、エアロコンセプトみたいに、細かくて精度の高いものはつくりあげられないというだけのことさ」。

ふたつの加工技術の違い
菅野が説明したくれたところによると、
板金加工の技術とプレス加工の技術は、次のように異なるようだ。
例えば、一枚の鉄板から蓋のない真四角の箱をつくるとする。つまり正方形のカゴのような形だ。
真四角の箱はできあがると、同じ面積の板が、底に一面、壁に4面、計5面必要ということになる。
板金加工的な発想でこれをつくる場合は、シンプルだ。
まず、最初に一枚の鉄板から寸法を取って、折り紙の凧「やっこさん」のような形をはさみで切り抜く。
そして、切り抜いた鉄板の真ん中の四角面を中心に残りの4面を90度に折っていく。そうすると、4回折で、蓋なしの箱ができることになる。
一方、プレス加工的な発想で同じものをつくる場合は、少々厄介なようだ。
同じように、最初は一枚の鉄板をつくる必要がある。まず、そのために必要となるのが、「やっこさん」の型を抜き出すための形をした刃物だ。想像するとわかりやすいのは、クッキーの抜き型。一枚の鉄板の上から、これを押し当てると、やっこさんのような形は自ずと切り抜ける。しかし、板金加工的発想だと、この後の折る工程で4回ほど上に折り曲げる作業が必要となったが、プレス加工的な発想に従えば、それを1回だけで行うことになる。さて、どうするか? そのためには必要となるものがふたつほどある。それがメス型と呼ばれるもの、そしてオス型と呼ばれるものだ。メス型というのは、四角い穴の空いたテーブルを想像してもらうといい。オス型というのは、そのテーブルの四角い穴と同じ形で、ほんの少しだけ小さい立方体を思い浮かべればいい。このメス型のテーブルの上に1枚の鉄板を敷く、そして、その上からオス型の立方体で圧力をかけて押す。すると、底の1面が押し込まれ、それ以外の4面が自然と90度に折り曲り、立ち上がることになる。そして、押し込んだオス型を抜き出し、メス型にはまった鉄板を取り出すと、その鉄板はもはや板ではなく、フタのない箱になってしまっているという具合である。

板金屋は少ロット生産、プレス屋は量産
どちらのやり方でも、基本的には同じ「フタなしの箱」ができることに間違いはない。しかし、このふたつの加工方法の違いには、大きな大きな違いが生じる。それが生じるのが、「コスト」という点においてだ。
「いいですか、例えばね、板金屋さんに鉄箱1個発注すると、こさえるのに500円かかるとすると、一方、プレス屋で1個こさえるのは20万150円かかる。どうしてかっていうとさ、プレス屋さんの方は、鉄箱1個つくるにあたって、最初にメス型とオス型をつくらなきゃならないからね。でも、今度ね、鉄箱を100個発注出すと、板金屋さんは1個500円×100個=50,000円、プレス屋さんは1個2,150円×100個=215,000円となって、1個当たりの価格は随分下がるんだ。でも、まだプレス屋さんの方は高いよね? ところが、この鉄箱が大人気になってどんどん売れることがわかれば、”600個発注出そう!”という太っ腹なことを言い出すかもしれない。そうすると、板金屋とプレス屋の立場は逆転するんだ。1個500円×600個=30万円が板金屋さんだとすると、1個483円×600個=28万9800円がプレス屋さんでかかる金額ということになる。つまりさ、板金屋は少ロット生産の考え方、プレス屋は量産の考え方なんだ」。

真似したければ、真似すればいい
板金加工とプレス加工。
このふたつのやり方には、見てきた通りに、コストに差が出る。
高額の初期投資をしたプレス屋は、
大量にこさえる事でコストを安く抑えることができるわけである。
ところが、流動する時代の流れの中においては、
市場に合わせて生産体制を変更しなければならない場面も少なくない。
例えば、
つくった箱が大ヒットしていても、
そのサイズがユーザーのニーズから若干ずれてしまっていて、
新たにサイズ変更のリクエストがあがってくるケースなどがそうだ。
そうは言っても、
高額な金型が簡単につくり直せるわけではない。
また、
大ヒットを目論んだものの、
結局は損益分岐点をクリアできない金型も出てきてしまう。
600個売らないと利益があがらなかった金型は、
200個の在庫が残ってしまうと、お手上げだ。
「欲をかかずに板金屋さんに頼んでおけば良かった」
ということになる。
「渓水は、プレス加工も板金加工も、どちらもやるんだ。
精密板金加工と謳っているからって、板金ばかりやっているわけじゃなくて、
必要なところにはプレス加工の技術も入れるし、板金加工の方がうまくいくときは、板金加工をやるし、どっちもさ。元々、プレスも板金も決して別の技術じゃなくて、職人が編み出した技術だったんだよ。一個二個こさえるときは板金加工、大量にこさえる時はプレス加工って感じでさ。
それがいつの間にか、ギャンブル的な「大きなコスト」の差を生み出しちゃったから、おかしなことになるんだ。おかしなことっていうのは、日本の工場の空洞化だよ。技術には興味ないけど、お金には興味あるという人間は山ほどいるだろう。”欲”のあるところに”投資”が生まれて、その投資に工場が翻弄されると、技術もへったくれもない、ただ製造所になってしまうんだと思うね。だから、外国でウチの製品を真似したかったら、真似したらいいんだよ。それはカタチは似ていたって、全くの別物なんだからさ」。
これは後で詳述するが、
菅野は2009年2月に行われた外国人向けの記者会見で、次のように応えている。
外国人記者
「国際法上における意匠権などについては、どのような対応をしているのですか? 真似されてしまったら、どうするのですか?」
菅野
「法律やなんかのことは、よくわかりません。でも、真似したい人がいるなら、どうぞ真似してください。真似しても同じものにはなりませんから」