マガジン

器を伝える人間として、うつわ祥見

カテゴリー: お店, マガジン, 問屋
2009年5月21日 0 コメント

鎌倉にある湘南モノレール・片瀬山駅にひっそりと佇む器のギャラリーがあります。そのお店の名前は「うつわ祥見」。鎌倉ならではの閑静な住宅街に潜り込むと、その看板は出ています。そして、看板の先には高台の上に感じの良い建物が立っている。そう、ここが「うつわ祥見」です。どういうわけか、このギャラリーでは、平日の昼間から、お客さんが引きも切らずにやってきます。このご時世、決して便の良い場所ではないのに、お客さんが集まってくる。そんな不思議な空間を切り盛りする人物は、ライター兼エディターでありながら、音楽のコーディネートのお仕事もこなすなど、多岐にわたって精力的に活動されている、祥見知生さんです。この人物には、不思議なことに、ご自分のビジョンを次々と現実のものにする力が備わっているようです。その秘密を、お茶飲みがてらにお邪魔して、探ってきました。

訪ねた人:祥見知生
場所:うつわ祥見
取材:鈴木 "スズ" 隆文

shoken024

shoken025

はじめまして。ここは市街地にあるわけでもないのに、お客さんが次から次にやってくるのですね?

どういうわけか、皆さん足を運んでくださってありがたいことなんです。特に、もうひとりのスタッフが休みで、私だけで、やっているときに集中してお客さんが来るみたい(笑)。

どういうお考えが土台にあってここを切り盛りされているのでしょうか?

器というのは、よくよく考えてみたら、人は、死ぬまでの間、毎日向き合うものだと思うんですね。伝えたいのは、「食べる道具」としての器なんです。でも、「器」とか「陶芸」とか改めて聞かされると、多くの人が、「私、そういうことについては弱いですから」って引いてしまう人って多いと思うんですね。だから、この空間では、それをもっと身近に感じていただいて、本当にいい作家さんの器を紹介できるような場にできたらという想いでやっています。

shoken022

shoken027

先ほどから、いらっしゃるお客さんたちが、結構、器を買われていきますけど、実際には、お客さんに器を買ってもらった後に反応をもらうようなこともあるのですか?

それが、本当にあるんですよ。朝の9時頃に電話がかかってきて、こう言うんです。「器をはじめて使ってみましたが、涙が出てきました」。もの言わぬ器ですけど、器から肌で学んで、器で何かが変わるということは、あるのだなぁって、私、そう思うんです。

何だか、すごいなぁ。僕は買った何かが嬉しくて朝の9時にお店に電話したことは、一度もないなぁ。

でも、器は土から持ってくるものだから、想いを持った人が器をつくると、涙がこぼれ落ちてくるような何かが器にこめられることがある。素朴だけれど本当に力のある器を伝える仕事をして、いま、わたしが信じているのは器はもっと人の手に戻ってゆくものなのではないか、ということなんです。

shoken013

人の手に戻っていくというのは、どういう意味ですか?

私たちの体というのは、原始的な何かからつくられていると言われていて、器というのは、人の手で、土や水や火という要素を合わせてつくられる。毎日使う器から、もっと土を感じてもいいのではないか。普段使いの器は手に包まれる器です。その、毎日触れる手から何か大事なことを感じられるものが、結局のところ、よい器なんじゃないか、と。器に限らす、もののありようは、人の「手」というものに戻っていくのじゃないかなと思うんです。例えば、ここに小野哲平さんという陶芸家の人がいますけど、この人の、土味のある器に触れることで、理屈じゃなくて「命」の元となるものに肌で触れることができる。

それは器に触れることで「地球とつながる」というような意味でしょうか?

そう言ってしまうと、いやらしいだけど、でも実際にはそうとしか言えない何かがあると思うんです。

shoken009

shoken014

なるほど。よくわかりました。ところで、こちらのお店には、随分と選りすぐりの品々が並べられていますけど、これはどんな視点で選ばれたものなのですか?

基本的には、「なんでもないもの、ほんとうのもの、大げさではなく、日々の暮らしに溶け込むもの」という視点で器を選んで扱っています。もっとわかりやすく言えば、決して偉そうにしているものではなくて、フツウのおじいさん、おばあさんにスッと手を伸ばしていただけるものですね。

確かに、器というのは、本当に身近なものですよね。でも、数ある陶芸家の中から、どの器が良いのかを選んで、さらにそれをお店で売らせてもらうというのは、大変な作業なのじゃないですか?

器の作り手の方とはできるだけともに過ごす時間を大事にしています。必ず、工房を訪ねていって一緒にご飯を食べて、陶芸の話はもちろん、家族の皆さんとも一緒に色々な話をするんです。彼らがどんな土地でどんなものを食べ、何を伝えたくて器を作っているのか、そのことを理解して、わたし自身の言葉で器を伝えることが大事なんですね。

shoken029

shoken028

「ものづくりをする人」も、それを「つたえる人」が必要でしょうから、祥見さんのような存在はものすごく貴重なのでしょうね。それにしてもその器にかける情熱には頭が下がります。一体、その情熱というのは、どこから来ているものなのですか?

私の場合は、子供の頃から、どういうわけか器というものが好きだった。それで、誰かに何かを頼まれたというわけでもないのに、自分の中からわき上がってくるものを信じて、取材して写真を撮って、文章書いてということをやってきた。傍から見たら、阿呆みえるかもしれない。だって、自分でもい普通じゃないって思いますから。だから、きっと、私は器を伝える人間として生まれてきてしまったんだと思いますよ。

「…として生まれてきてしまった」。ああ、その台詞は、僕もいつかどこかで口にしてみたいなぁ。ところで、このお店をオープンさせ、現在のような仕事のスタイルを築き上げるまでには、どんなことをされてきたのでしょうか?

今、私は、器のお店をやりながら、文章を書いて本をつくったり、音楽イベントやCDのプロデュースをさせていただいたりしています。でも、以前は、ふつうにインタビューを中心にしたライターの仕事をしていたんです。その後、縁があって結婚して出産しました。で、いざ、子供が大きくなったときに、また同じライターの仕事に戻るのか?と考えたときに、自問自答したんです。「このまま人生が終わりになったとき、何を後悔するだろう?」って。それで、ずっと好きだった器の仕事をしたい、そう思うようになっていたんですね。このギャラリーをはじめた。でも、最初のうちは、私だって、頭の中ではバラバラだったんですよ。文章書く仕事があって、器が大好きで、器を置いてあるお店があって、自分でまとめた一冊の本があって、という具合です。

shoken020

shoken015

なるほど。それでは、今は、「うつわ祥見」をはじめられてから6年ほど経ちますが、改めて想うことなどありますか?

気がついたのは、最近取り組んでいる器、本、音楽には共通点があるんです。それは、すごく生意気な言い方かもしれないけど、「人を励ますもの」を伝える仕事をしているんだということなんです。それは、別に格好をつけて言っているわけではなくて、実感としてそう思うんです。

明確なビジョン、そしてご家族のサポートなどがあるからこそ、そういう境地にまで立てるのでしょうね。

そうですね、わがままな私を支えてくれている家族には本当に感謝しています。でも、私は、ご飯を家族で一緒に食べるということに関しては、とても大事にはしていて、仕事が忙しいときもなるべくご飯は家族一緒に食べるようにしているんです。それは、いい器をつくる陶芸家の人も同じで、彼らは器をつくるためだけにすべてを捧げているんじゃなくて、とても食べることを大切にしていますよね。そういうあたり前の生活をすべてまとめて、いい器がはじめてできる。でも、食べることの大切さというのは、本当に今を生きる私たちにとって、大切なことなんだと思っていますし、「手に戻る」じゃないですけれど、すべてのものごとの真ん中に「食べる」ことがあるんだ、という思いで、これからも器を伝えていきたいと思います。

お知らせ!!
shoken030
2009年5月1日より『utsuwa-shoken onari NEAR』がオープンしました。鎌倉駅から徒歩約4分、昔ながらの商店街の御成通りにあります。「うつわ祥見」の鎌倉駅前店と言ってもよさそうな、お店。是非、訪ねてみてくださいね。
utsuwa-shoken onari NEAR
神奈川県鎌倉市御成町5-28
定休日 木曜日
時間 12:00~19:00

※うつわ祥見は展覧会のみのオープンです。ご注意ください。ホームページのスケジュールを確認してからお出かけください。
http://utsuwa-shoken.com/

shoken031

shoken007

コメント