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夫婦で継ぐ先代のココロ、長太郎焼

カテゴリー: マガジン, 工芸士
2009年4月29日 0 コメント

鹿児島と言えば、焼酎です。そして、その焼酎を注ぐ道具と言えば、黒千代香です。せっかく鹿児島に来たならば、鹿児島のシンボル的な道具をつくっている現場を訪ねてみようと、長太郎焼と呼ばれる窯を探し当てました。モノ自体にいかにも鹿児島らしい男らしさが漂っている点が目をひきます。ところが、この長太郎焼、いくつもの長太郎焼窯が存在しているようなのです。これって一体? と思いつつ、思い切ってそのうちのひとつの窯を訪ねてみることにしました。

訪ねた人:有山明宏さんと奥さん
場所:清泉寺長太郎窯
取材:鈴木 "スズ" 隆文

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こんにちは。長太郎焼窯というのは、この辺りにはいくつかあるようですね。カーナビでも迷ってしまいました。

明宏さん:ああ、全部で窯は3つありますね。それらはみんな、私の実の兄弟がやっているものなんですよ。私の兄が、4代目、私が5代目、弟が6代目ということで、それぞれが方向性のようなものがそれぞれ違いますけど、基本的には同じものです。

長太郎焼きというのは、どんな焼き物を指して言うんですか?

明宏さん:長太郎焼きというものの一番の特徴は、そのうわ薬、釉薬にあります。自然の釉薬を使っていて、その妙味というか、奥深さが出ている焼き物のことを長太郎焼きと言います。創業者が、有山長太郎という名前だったんですね。彼が山で散歩をしていたときに、天然の具合の良い釉薬と土を見つけて、それでつくった焼き物を、画家として名高い黒田清輝氏に見初められて、それで長太郎焼という名付けてもらったわけです。

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自然の釉薬と土を使った作品が長太郎焼きというわけですね。

明宏さん:そうです。今だに、私どもは、山を歩いて釉薬と土を探します。でも、ときに人の敷地に入って見つけることもある(笑)。もちろん、後々は、許可を取るのだけど、その場では試しに窯で試し焼きする分を少しお借りしていく(笑)。

なるほど。ところで、黒千代香という焼酎を注ぐための道具というのは、有名ですよね。

明宏さん:あれは、初代が錦江湾にそびえながら、水面にも映る桜島をイメージして考案したものなんです。案外、知られていないのですが、あれは長太郎焼窯から生まれた道具なんですよ。

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話は変わりますが、5代目となる明宏さんは、お父様に師事したという形で良いのでしょうか?

明宏さん:それが実は複雑でして、私は父の兄のところに養子に出されているんです。だから、正確な言い方をすれば、2代目の伯父に師事したことになります。

養子に出されたのは、いつ頃のことだったのでしょうか?

明宏さん:それが、全然知らないんです。物心ついた頃には、伯父のところにいました。まあ、実は後で知人に聞かされて知ってはいるのですけど、実の伯父に聞かされたことではない。だから、いつからというのは、はっきりわからない。でも、私にとっては、伯父が、父親ですよね。

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ははあ、そうですか。そういう経緯でこの窯に入られたわけですか。

明宏:そうです。彼はとても厳しい人でしたけど、トンチの効く楽しい人でもありましたね。実はここにいる私の嫁も、結婚するときには、父に相談したんですよ。

明宏さんの奥さん:そうでしたね。私は、日産のプリンスで勤めていて、彼は、当時、スカイラインGTRを買いに来て、それで、私はその付録だったんです(笑)。それは冗談にしても、お父様も、私のことをショールームまで見にいらしたの。

何だか、興味深い恋の馴れ初めですね。

明宏さん:私たちは、お見合いでも、恋愛でもなくて、話し合いで結婚したんですよ(笑)。私がオヤジに相談したんです。あそこのショールームにいる女性と結婚しようと思うって。

明宏さんの奥さん:そうでしたね。お父様は、オーラというか風格のある、素敵な人でした。でも、はじめて、ショールームで見たときは、ステッキついて、髭生やして、ホーチミン帽をかぶって、珍しい「いこい」という銘柄の煙草を吸われていましたから、「何だろう?この人は」と思っていたんです。そうしたら、私のことを嫁に相応しいかどうかの偵察に来てたんですね(笑)。

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なるほど。なんだかユニークな方なのですね。

明宏さん:でも、私にはとにかく厳しかったですよ。

明宏・妻:ただ、あの人は、厳しいところとお茶目なところを両方持っているのが、とっても魅力的だったんですね。客人を招いて接待するのが大好きな人でしたけど、自分ではお酒が全然飲めなかったりしてね。

明宏さん:そうなんです。それで、誰かお客さんが来るということが決まると、3、4日も前から片付けをしはじめて、徹底的に部屋の片付けをする。それで、私や他の職人も凄く緊張状態になるわけです。で、そのお客さんが帰ると、「さあ、お前たち、疲れたろ、お茶入れて、飲もう」なんて言ってくれたりする。だから、みんな、ホッとして和んだりするんですね。どこか間が抜けたところもあったりして、厳しいだけじゃないから魅力的だったんでしょうね。

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そういうお師匠さまからは学ぶこともきっと多かったのでしょうね。

明宏さん:そうですね。非常にいろいろなことを教えてもらったと思いますけど、一番はやっぱり、「頭と腕は活かして使え!」という教えでしょうね。頭と腕というのはどんな仕事をやるにしても基本だと思いますからね。それは陶芸でも一緒なんです。

明宏さんの奥さん:それから、「用と美」ということにはこだわっていましたね。使い物にならないオブジェのようなものは認めない人でした。

何かお話を伺っていると、昭和の粋な九州男児の典型のような方だったように感じられます。

明宏さんの奥さん:九州男児だったかもしれないですね。私が、男物のお下がりの服などを着るのをとても嫌がっていましたから。それで、翌日には、赤いブラウスを買ってきてくれて、「女の子は、こういうものを着なくちゃいかん」って(笑)。なんとも言えない、かわいげのある男性だったんです。

明宏さん:私が、今も、型は使わずに、手づくりでやっているのは、やっぱり、初代、そして二代目のオヤジがやっていたやり方を次代に残していきたいという想いがあるからなんです。だから、手づくりにこだわる。それを息子にも上手く引き継いでいけたらいいのですけどね。今、息子は、轆轤ではなく、レコードまわすのに夢中ですからねぇ(笑)。

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ありがとうございました。おふたりで、先代の想いを継いでいるということがよくわかりました。

明宏さんの奥さん:私は、この人に出会えたことにも感謝していますが、この家に嫁いで、義父さん、義母さんと巡り会え、一緒に暮らせたことにも、とても感謝しているんですよ。

明宏さん:(微笑)。

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