シリーズ

『セレブと板金工』:第4話

sugano04-02

精密板金加工とは

現在、21世紀初頭、私たちの暮らす社会には金属製品が溢れている。そして、その金属製品には、精度の高さが求められる。そこで必要とされるのが、精密板金加工である。銀行のATM、自動改札機、自動販売機などを頭に頭に思い浮かべてもらうと良い。その形状や機能には、いかにも「精密」という言葉が当てはまりそうな感じがする。それくらいなら素人にでもわかるだろう。精密板金加工に、厳密な定義はない。精密板金加工とは、つまり、精密な板金加工を指して言うだけなのだ。

sugano04-17

板金加工とは

 板金加工という言葉については、多くの人が耳にしたことがあるかもしれない。もっともよく知られているのが、自動車板金加工。大抵、どこの町にでもあるから、目にする機会も多いはずだ。交通事故などでできてしまった凹みなどを修理するのも板金屋の仕事である。板金加工技術とは、金属板を切断したり、曲げてみせたり、接着したり、穴を開けたりしながら、金属板をさまざまな立体物にしてゆく加工技術のことを言う。まさに板金加工である。
 また、近年では、新幹線の先頭部分にも用いられている技術として板金加工技術は知られている。新幹線の先頭車両は頭尾2両しかないため、生産数は少ない。加えて、新幹線は頻繁にモデルチェンジがなされる。そのため大量生産するためのプレス用の金型をつくっていたのでは、とてもコストが合わなくなってしまう。そこでものを言うのが、熟練の板金職人の技術である。アルミ板をハンマーで打ち付けることで、車体の美しい曲線をつくり出すのである。板金加工技術というのは、つまりそういうものだ。

sugano04-21

高速移動体の内部構造パーツ

 菅野が携わるのは、その板金加工と同じ原理を用いた技術だ。違うのは、そこに0.1mmの差異も許されない、精密さが求められるということである。菅野が率いる渓水が多く製作するのも、新幹線や航空機の一部だ。しかし、それは車両の筐体ではなく、内部構造パーツである。例としてあげられるのはセンターコンソールやセンターアーム、サイドアームなどと呼ばれる箇所がそうだ。新幹線や航空機は、ご存知の通り、高速移動をする乗り物である。そうすると当然、その高速移動体を構成するパーツはひとつひとつが、寸分の違いもなく、組み立てられていなくてはならない。つまりそこには、精度と強度が要求される。移動する空間が陸であれ、空であれ、そこを高速で移動するということは、そこには強い振動が起る。高い精度、高い強度を備えていなければ、たとえそれが筐体とは直接の関係がないシートまわりの構成部品であっても、簡単に瓦解してしまうはずだ。だから、そこに用いられる板金技術には、当然、高度なものが要求される。その高度さが、一体いかなるものなのかは、金属加工などの分野で実際にものづくりに携わったことがない人間にはなかなか理解できないだろう。もう少しイメージがしやすいように、板金加工の製作工程についても触れてみると、次のようなことになる。

sugano04-26

精密板金加工の工程

 まず、何よりも大切なのは、最初にある立体イメージを平面に落とし込むこと、図面作成である。ここで難しいのは、その作業の順番までを考慮しつつ図面作成しなければならないということだ。でなければ、すべての工程が機能しなくなってしまう。できあがるものが精密どころか、チグハグな不良品に終わってしまう。だから、腕利きの職人は細部までを脳の中でイメージしながら、図面に落とし込む。
 さて、そうして一通りの計算が映された図面が書き起こされると、次に行われるのは、NC工作機というコンピュータプログラムの組み込まれた自動工作機による型抜き、穴開けの作業である。金属板はここでサイコロのように型抜きされて、切断面にできる不要なバリを取り除かれることで、立体物となる前のパーツに仕上げられる。バリを取り除く作業というのは、ことのほか重要だ。というのも、金属のバリというのは、精密さを損なわせるばかりか、少しでも残っていると刃物のような働きをして、触れる人に傷を負わせかねないからだ。
 ひとまず仕上げられた金属パーツには、曲げの加工が施される。この曲げ加工には、曲げ機械と呼ばれる専用マシーンが用いて行われる。曲がる形状というものは、あらかじめ決められたものでなければ上手く曲がらないので、こちらもしっかり念頭に入れた上で展開図を作成しなければならない。いずれにしても、金属板は、いい案配に、正確な角度に曲げられなければ用を足さないのである。

sugano04-242

 そして溶接の工程である。溶接とは、金属同士を溶かして接合を行うことを言う。町工場の職人さんが溶接マスクをつけて、粉じんや火の粉、煙などが舞い上がる中作業をする光景というのは、多くの人がどこかで見たことがあるのではないだろうか。傍目に見れば、薄暗い中で火花を散らして作業をする様子は、美しくさえ思えるのかもしれない。しかし、実際、これをやる人は大変な危険と隣合わせにあり、当然、要求される技術も高度なものになる。溶接でうまい具合に、金属板パーツと金属板パーツが接合されると、最後に仕上げ作業と呼ばれる、妙な盛り上がりや途中でできた傷などを美しく平かに直される作業が入って、製品として完成するというわけだ。
 言葉だけで作業内容を連ねると簡単そうに聞こえるが、当然ながら、実際にやるのは、相当に難しい。手を抜くことなど、どの工程でも許されない。素材は、工程の中で力や熱を加えられる。そうすると、そのことで素材がわずかに伸縮する。熟練の職人たちは、素材の性質を見極め、ほんの少しのさじ加減で力と熱を加え、製作を進めなければならないのだ。つまり、精密板金加工とは、蓄積された経験をベースに徹底的な計算を仕込み、さらにその上で熟練の匠の手技が投じられなければならないわけだ。

sugano04-251

 菅野が率いる渓水がこの技術に抜きに出ているのは、3代続く板金屋としての歴史があるからだろう。祖父の代から培われた技の数々が、上手い具合に伝承されてきていなければ、21世紀に今なお、板金屋としての高い評価を得ることはできなかったはずなのである。

コメント